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課題
解決手段
概要
背景
小腸内で作用する消化酵素であるトリプシン、キモトリプシン、エラスターゼ、リパーゼは、膵臓で生産されて膵液に分泌され、さらに膵液が小腸内に分泌されることにより、食物中のタンパク質や脂肪の消化に寄与している。
これらの酵素は、活性部位に活性発現に必須のセリン残基を持つ加水分解酵素(ヒドロラーゼ)であり、セリン酵素と総称される一群の加水分解酵素に分類される(非特許文献1)。食物から摂取されたタンパク質は、胃でペプシンにより加水分解を受けて断片化され、小腸に送られる。これらの断片化タンパク質は、小腸でタンパク質加水分解酵素であるトリプシン、キモトリプシン、エラスターゼにより加水分解され、低分子性ペプチドやアミノ酸が生成される。これら生成物は、小腸壁から吸収され、生命活動に利用される。上記のタンパク質加水分解酵素は、小腸でのタンパク質の消化・吸収、及び生命活動の維持に重要な役割を果たしている。
これらの酵素は、よく研究されたものであり、構造と機能に関し詳細な知見が蓄積されている。これらの酵素は、タンパク質ポリペプチド鎖内部のペプチド結合を加水分解するエンドペプチダーゼに分類される。これらの酵素は構造や反応機構において類似性が高く、分子質量約25kDaの単純タンパク質である。それぞれが加水分解するペプチド結合の化学的性質、すなわち基質特異性に差異が見られる。
トリプシン(酵素番号EC3.4.21.4)は、基質であるタンパク質のアミノ酸配列内部にある塩基性アミノ酸(リジンやアルギニン)残基のカルボニル側ペプチド結合を切断する。キモトリプシン(EC3.4.21.1)は、タンパク質の芳香族性アミノ酸(トリプトファン、チロシン、フェニルアラニンなど)残基のカルボニル側ペプチド結合を切断する。また、エラスターゼ(EC3.4.21.36)は電荷の無い非芳香族性アミノ酸(アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシンなど)残基のカルボニル側ペプチド結合を切断する。
トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼは、高いアミノ酸配列(一次構造)の相同性を示し、その結果、立体構造(三次構造)も高い相同性を示す。キモトリプシンの基質結合部位には深い疎水性ポケットがあり、ここに基質の芳香族性アミノ酸の側鎖が結合する。トリプシンでは、この疎水性ポケットの底にアスパラギン酸残基が位置しており、このアスパラギン酸側鎖の負電荷と相互作用する形で、基質のリジンやアルギニンの側鎖の正電荷が結合する。エラスターゼでは、キモトリプシンで見られるような疎水性ポケット内部に突起が配置されており、これが障害となるため、芳香環は結合できず、むしろ比較的小さい疎水性鎖を持つアミノ酸側鎖が結合する。(非特許文献2−4)。エラスターゼは、生体内ではエラスチンの分解に関与しており、小腸内で作用する膵臓由来エラスターゼとは別に、白血球由来エラスターゼが良く知られており、両エラスターゼは相同性が高い。
トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼは、ペプチド結合(アミド結合)を加水分解するプロテアーゼ(ペプチダーゼ)活性とは別に、脂肪酸エステルのエステル結合を加水分解するエステラーゼ活性や酸アミドを加水分解するアミダーゼ活性も有している。この性質を利用して、これらの酵素の酵素化学的解析や反応速度論的解析は、タンパク質基質の代わりに、加水分解に伴い特殊な分光学的変化や蛍光変化が現れるエステル性やアミド性の合成基質を用いて行うことが多い(非特許文献5)。
リパーゼは、グリセロールエステルを加水分解して、脂肪酸を遊離するエステラーゼ活性を持つ加水分解酵素の総称である。リパーゼというとき、通常トリアシルグリセロールリパーゼ(酵素番号EC3.1.13)を指すが、リポタンパク質リパーゼ、ホルモン感受性リパーゼなどのリパーゼを含めて、これらは高い構造類似性を持っている(非特許文献6)。
また、トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼとリパーゼは、タンパク質構造や反応機構において高い類似性を持っており、共通の祖先から進化したものとみなすことができる。これらは、触媒反応に最適なpHが7−8付近であり、また酵素の活性中心には酵素活性に必須な求核性のセリン残基を構成要件としており、その点でセリン酵素と呼ばれる。とくに、トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼは、活性に必須のセリン残基を持つ一群のプロテアーゼ(セリンプロテアーゼ)の代表的な酵素である。さらに、これらの酵素の活性部位には、基本的に、活性セリン残基の求核性を強化するためのヒスチジン残基と遷移状態を安定化するためのアスパラギン酸残基が配置されており、これら3残基(セリン−ヒスチジン−アスパラギン酸残基)を触媒トライアドと呼んでいる(非特許文献7、8)。
これらの酵素はそれぞれ、ヒトを含む哺乳動物間において高い相同性を示しており、ヒト酵素のモデル酵素として、あるいは代替酵素として、ウシやブタなどの酵素が広く研究され、利用されてきた(非特許文献5、9、10)。キモトリプシンとエラスターゼは、トリプシンと高い類縁性にあり、トリプシン類縁酵素と考えてもよい。小腸内では、これらの酵素の基質特異性の違いにより、ほとんどすべてのペプチド結合が切断されることになる(非特許文献11)。腸内細菌の酵素の支援も得て、タンパク質は低分子ペプチドやアミノ酸にまで分解され、小腸壁から吸収され血液中に取り込まれる。
トリプシンは産業上有用な酵素としても知られており、医薬品や食品加工の分野で広く応用されている(非特許文献12、13)。例えば、トリプシンと抗生物質を併用した抗炎症、抗菌、各種創傷面に有効な医薬品としての製品情報が記載されている(非特許文献14)。この創傷面の清浄化と同様の原理でトリプシンは、細胞培養時に接着細胞を培養容器から剥離する目的にも利用されている。また、各種の原料タンパク質を加工することによって得られる機能性食品、化粧品、医薬部外品などへの素材提供を目的としたペプチドの製造に、トリプシンを利用する方法が記述されている(特許文献1−3)。トリプシンは、基質加水分解におけるペプチド結合に対する高い選択性から、ペプチド断片化を行うための有用な道具として、生化学や生物工学の研究において多用されている(非特許文献2)。
生体内には、血液凝固や血栓溶解、補体活性化、免疫反応、受精、がん転移などに作用することが知られている種々のセリンプロテアーゼがある。具体的には、トロンビン、プラスミン、カリクレイン、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲンアクチベーター(t−PA)、アクロシン、マトリプターゼなどがあり、これらは基質特異性、反応機構、構造や化学的性質に高い類似性があるため、トリプシン様酵素あるいはトリプシン類縁酵素と呼ばれる(非特許文献2、6、9、15)。
これらは、トリプシンと高い構造類似性を有するとともに、トリプシンに比較すると狭い基質選択性(高い基質特異性)を持つ。具体的に言うと、トリプシンは、ペプチド鎖にアルギニン(Arg)残基やリジン(Lys)残基があれば、その前後に存在するアミノ酸配列に大きく影響されること無く、そのカルボニル基側のペプチド結合(Arg−X、Lys−X)を加水分解する(ここでXはタンパク質を構成するどんなアミノ酸残基でも良い、ただしプロリンはイミノ酸であり除外される)。しかし、上記のトリプシン類縁酵素は、アルギニン残基やリジン残基に加えて、これらのアミノ基側やカルボニル基側の複数残基の配列をも認識するのであり、トリプシンに比較して、アルギニン残基やリジン残基のカルボニル基側のペプチド結合を加水分解するための選択性が制限されている。
トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼと類似の基質特異性を持つセリンプロテアーゼが、植物や微生物からも見出されている。とくに微生物由来のセリンプロテアーゼであるズブチリシンやズブチロペプチダーゼはキモトリプシンに類似の基質特異性を示し、タンパク質の限定加水分解や食品加工などにも応用されている(非特許文献16)。
リパーゼに関しても、膵臓由来のリパーゼに加えて、微生物由来のリパーゼが広く開発されており、これらは食品加工、とくに食品フレーバーの製造、脂肪酸の合成、油脂の改変、脂肪酸エステル合成などに応用されている(非特許文献8、17)。
トリプシン活性に負の影響を与える因子として、トリプシン阻害剤が知られている。代表的なものには、ウシ膵臓より単離されたアプロチニンや、大豆より単離されたクニッツ型トリプシン阻害剤及びボウマン−バーク型トリプシン阻害剤などがある。アプロチニンは急性膵炎などの治療薬として用いられる。トリプシン阻害剤は多くの豆類や穀類など植物種子で知られており、消化不良の原因物質にもなっている(特許文献4)。これらは、タンパク質であるにも拘らず、トリプシンで加水分解されないばかりか、その酵素活性を阻害するという機能を発揮するものであり、トリプシンをはじめとするセリンプロテアーゼの反応機構や基質認識の解析に広く利用されてきた。
多くの天然物由来や人工的に合成された低分子性のプロテアーゼ阻害剤(アンチパイン、ロイペプチン、キモスタチン、エラスチナールなど)が報告されており、かつ市販もされている(非特許文献18、19)。これらは、研究用試薬として酵素機能の調節に利用されている。
一方、トリプシン活性に対して正の影響を与える因子として、カルシウムイオンによりトリプシンの構造が安定化されることが知られている。
ミミズは環形動物門貧毛綱に分類される紐状の生物であり、主に土壌中に生息して有機物を摂食し、消化吸収と排泄を通じて、土壌中の有機物を分解する役割を担っている。この点で、ミミズは土壌の耕起を促すとともに、植物が利用可能な有機物を土壌中にもたらしており、農業に必須の存在である。ミミズは食物連鎖の下層に位置し、自然界では、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などの幅広い生物によって捕食される。また、魚やニワトリのエサとしても利用されてきたし、人類においても各地で食用の記録がある。東洋では解熱、鎮痛、利尿、血流促進などの目的で漢方薬としても長く利用されてきた。このようにミミズには安全性に足る十分な食経験があり、ミミズ乾燥粉末を用いた健康食品も生産されている(特許文献5、6)。
これまでに、ミミズの体腔液や破砕液、及びこれらから製造されたミミズ乾燥粉末から、ウロキナーゼ様のプロテアーゼ活性や組織プラスミノーゲンアクチベーター(t−PA)様のプロテアーゼ等などのプロテアーゼ活性(非特許文献20、21)、アミラーゼ活性(非特許文献22)、セルラーゼ活性(非特許文献23)、リパーゼ活性(非特許文献24)などの酵素活性が見出されている。さらに、ミミズ破砕液のアセトン沈殿画分からエラスターゼ阻害活性、マトリクスメタロプロテイナーゼ阻害活性及びチロシナーゼ阻害活性(非特許文献25)、ミミズ乾燥粉末抽出液の10kDa未満の低分子画分からジペプチジルペプチダーゼ阻害活性(特許文献7)、同じく5kDa以下の低分子画分からアンジオテンシン変換酵素阻害活性(特許文献8)が報告されている。また、ラット海馬ニューロンの培養細胞において、細胞培養を行う培地にミミズ粉末抽出物を加えると、タウタンパク質の細胞内発現量を増加させることが報告されている(特許文献9)。しかしながら、これまでにミミズ成分において、ヒトをはじめとする動物の消化酵素例えばトリプシン、キモトリプシン、リパーゼ、アミラーゼなどの活性に対する阻害あるいは活性化などの効果は報告されていない。
概要
食経験が豊富で安全性の高い天然物に由来する、酵素活性促進剤、その製造方法、及びその含有物を提供する。ミミズ抽出液を得る抽出工程と、そのミミズ抽出液に由来する分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分を得る分画工程とを実行して、当該ミミズ抽出液画分から前記酵素活性促進剤を得る。活性の対象となる所定の酵素が、トリプシン、キモトリプシン、リパーゼ、及びこれらの酵素の類縁酵素類から選択される少なくとも1つである。
目的
また、各種の原料タンパク質を加工することによって得られる機能性食品、化粧品、医薬部外品などへの素材提供を目的とした
効果
実績
- 技術文献被引用数
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- 牽制数
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請求項1
所定の酵素に対して活性促進効果を有する酵素活性促進剤の製造方法であって、ミミズ抽出液を得る抽出工程と、そのミミズ抽出液に由来する分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分を得る分画工程と、を実行して、当該ミミズ抽出液画分から前記酵素活性促進剤を得る酵素活性促進剤の製造方法。
請求項2
請求項3
前記分画工程により得たミミズ抽出液画分の粉末を5mg/mL以上の濃度で溶解して、前記酵素活性促進剤を得る請求項1又は2に記載の酵素活性促進剤の製造方法。
請求項4
前記分画工程により得たミミズ抽出液画分、又はそのミミズ抽出液画分の粉末を5mg/mL以上の濃度に溶解した画分に、加熱処理、凍結融解処理、酸処理、及び有機溶媒処理から選択される少なくとも1つを実行して、前記酵素活性促進剤を得る請求項1から3のいずれか1項に記載の酵素活性促進剤の製造方法。
請求項5
所定の酵素に対して活性促進効果を有する酵素活性促進剤の含有物であって、請求項1から4のいずれか1項に記載の酵素活性促進剤の製造方法で得られた前記酵素活性促進剤を含有する酵素活性促進剤の含有物。
技術分野
背景技術
0002
小腸内で作用する消化酵素であるトリプシン、キモトリプシン、エラスターゼ、リパーゼは、膵臓で生産されて膵液に分泌され、さらに膵液が小腸内に分泌されることにより、食物中のタンパク質や脂肪の消化に寄与している。
0003
これらの酵素は、活性部位に活性発現に必須のセリン残基を持つ加水分解酵素(ヒドロラーゼ)であり、セリン酵素と総称される一群の加水分解酵素に分類される(非特許文献1)。食物から摂取されたタンパク質は、胃でペプシンにより加水分解を受けて断片化され、小腸に送られる。これらの断片化タンパク質は、小腸でタンパク質加水分解酵素であるトリプシン、キモトリプシン、エラスターゼにより加水分解され、低分子性ペプチドやアミノ酸が生成される。これら生成物は、小腸壁から吸収され、生命活動に利用される。上記のタンパク質加水分解酵素は、小腸でのタンパク質の消化・吸収、及び生命活動の維持に重要な役割を果たしている。
0004
これらの酵素は、よく研究されたものであり、構造と機能に関し詳細な知見が蓄積されている。これらの酵素は、タンパク質ポリペプチド鎖内部のペプチド結合を加水分解するエンドペプチダーゼに分類される。これらの酵素は構造や反応機構において類似性が高く、分子質量約25kDaの単純タンパク質である。それぞれが加水分解するペプチド結合の化学的性質、すなわち基質特異性に差異が見られる。
0005
トリプシン(酵素番号EC3.4.21.4)は、基質であるタンパク質のアミノ酸配列内部にある塩基性アミノ酸(リジンやアルギニン)残基のカルボニル側ペプチド結合を切断する。キモトリプシン(EC3.4.21.1)は、タンパク質の芳香族性アミノ酸(トリプトファン、チロシン、フェニルアラニンなど)残基のカルボニル側ペプチド結合を切断する。また、エラスターゼ(EC3.4.21.36)は電荷の無い非芳香族性アミノ酸(アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシンなど)残基のカルボニル側ペプチド結合を切断する。
0006
トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼは、高いアミノ酸配列(一次構造)の相同性を示し、その結果、立体構造(三次構造)も高い相同性を示す。キモトリプシンの基質結合部位には深い疎水性ポケットがあり、ここに基質の芳香族性アミノ酸の側鎖が結合する。トリプシンでは、この疎水性ポケットの底にアスパラギン酸残基が位置しており、このアスパラギン酸側鎖の負電荷と相互作用する形で、基質のリジンやアルギニンの側鎖の正電荷が結合する。エラスターゼでは、キモトリプシンで見られるような疎水性ポケット内部に突起が配置されており、これが障害となるため、芳香環は結合できず、むしろ比較的小さい疎水性鎖を持つアミノ酸側鎖が結合する。(非特許文献2−4)。エラスターゼは、生体内ではエラスチンの分解に関与しており、小腸内で作用する膵臓由来エラスターゼとは別に、白血球由来エラスターゼが良く知られており、両エラスターゼは相同性が高い。
0007
トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼは、ペプチド結合(アミド結合)を加水分解するプロテアーゼ(ペプチダーゼ)活性とは別に、脂肪酸エステルのエステル結合を加水分解するエステラーゼ活性や酸アミドを加水分解するアミダーゼ活性も有している。この性質を利用して、これらの酵素の酵素化学的解析や反応速度論的解析は、タンパク質基質の代わりに、加水分解に伴い特殊な分光学的変化や蛍光変化が現れるエステル性やアミド性の合成基質を用いて行うことが多い(非特許文献5)。
0008
リパーゼは、グリセロールエステルを加水分解して、脂肪酸を遊離するエステラーゼ活性を持つ加水分解酵素の総称である。リパーゼというとき、通常トリアシルグリセロールリパーゼ(酵素番号EC3.1.13)を指すが、リポタンパク質リパーゼ、ホルモン感受性リパーゼなどのリパーゼを含めて、これらは高い構造類似性を持っている(非特許文献6)。
0009
また、トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼとリパーゼは、タンパク質構造や反応機構において高い類似性を持っており、共通の祖先から進化したものとみなすことができる。これらは、触媒反応に最適なpHが7−8付近であり、また酵素の活性中心には酵素活性に必須な求核性のセリン残基を構成要件としており、その点でセリン酵素と呼ばれる。とくに、トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼは、活性に必須のセリン残基を持つ一群のプロテアーゼ(セリンプロテアーゼ)の代表的な酵素である。さらに、これらの酵素の活性部位には、基本的に、活性セリン残基の求核性を強化するためのヒスチジン残基と遷移状態を安定化するためのアスパラギン酸残基が配置されており、これら3残基(セリン−ヒスチジン−アスパラギン酸残基)を触媒トライアドと呼んでいる(非特許文献7、8)。
0010
これらの酵素はそれぞれ、ヒトを含む哺乳動物間において高い相同性を示しており、ヒト酵素のモデル酵素として、あるいは代替酵素として、ウシやブタなどの酵素が広く研究され、利用されてきた(非特許文献5、9、10)。キモトリプシンとエラスターゼは、トリプシンと高い類縁性にあり、トリプシン類縁酵素と考えてもよい。小腸内では、これらの酵素の基質特異性の違いにより、ほとんどすべてのペプチド結合が切断されることになる(非特許文献11)。腸内細菌の酵素の支援も得て、タンパク質は低分子ペプチドやアミノ酸にまで分解され、小腸壁から吸収され血液中に取り込まれる。
0011
トリプシンは産業上有用な酵素としても知られており、医薬品や食品加工の分野で広く応用されている(非特許文献12、13)。例えば、トリプシンと抗生物質を併用した抗炎症、抗菌、各種創傷面に有効な医薬品としての製品情報が記載されている(非特許文献14)。この創傷面の清浄化と同様の原理でトリプシンは、細胞培養時に接着細胞を培養容器から剥離する目的にも利用されている。また、各種の原料タンパク質を加工することによって得られる機能性食品、化粧品、医薬部外品などへの素材提供を目的としたペプチドの製造に、トリプシンを利用する方法が記述されている(特許文献1−3)。トリプシンは、基質加水分解におけるペプチド結合に対する高い選択性から、ペプチド断片化を行うための有用な道具として、生化学や生物工学の研究において多用されている(非特許文献2)。
0012
生体内には、血液凝固や血栓溶解、補体活性化、免疫反応、受精、がん転移などに作用することが知られている種々のセリンプロテアーゼがある。具体的には、トロンビン、プラスミン、カリクレイン、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲンアクチベーター(t−PA)、アクロシン、マトリプターゼなどがあり、これらは基質特異性、反応機構、構造や化学的性質に高い類似性があるため、トリプシン様酵素あるいはトリプシン類縁酵素と呼ばれる(非特許文献2、6、9、15)。
これらは、トリプシンと高い構造類似性を有するとともに、トリプシンに比較すると狭い基質選択性(高い基質特異性)を持つ。具体的に言うと、トリプシンは、ペプチド鎖にアルギニン(Arg)残基やリジン(Lys)残基があれば、その前後に存在するアミノ酸配列に大きく影響されること無く、そのカルボニル基側のペプチド結合(Arg−X、Lys−X)を加水分解する(ここでXはタンパク質を構成するどんなアミノ酸残基でも良い、ただしプロリンはイミノ酸であり除外される)。しかし、上記のトリプシン類縁酵素は、アルギニン残基やリジン残基に加えて、これらのアミノ基側やカルボニル基側の複数残基の配列をも認識するのであり、トリプシンに比較して、アルギニン残基やリジン残基のカルボニル基側のペプチド結合を加水分解するための選択性が制限されている。
0013
トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼと類似の基質特異性を持つセリンプロテアーゼが、植物や微生物からも見出されている。とくに微生物由来のセリンプロテアーゼであるズブチリシンやズブチロペプチダーゼはキモトリプシンに類似の基質特異性を示し、タンパク質の限定加水分解や食品加工などにも応用されている(非特許文献16)。
0014
リパーゼに関しても、膵臓由来のリパーゼに加えて、微生物由来のリパーゼが広く開発されており、これらは食品加工、とくに食品フレーバーの製造、脂肪酸の合成、油脂の改変、脂肪酸エステル合成などに応用されている(非特許文献8、17)。
0015
トリプシン活性に負の影響を与える因子として、トリプシン阻害剤が知られている。代表的なものには、ウシ膵臓より単離されたアプロチニンや、大豆より単離されたクニッツ型トリプシン阻害剤及びボウマン−バーク型トリプシン阻害剤などがある。アプロチニンは急性膵炎などの治療薬として用いられる。トリプシン阻害剤は多くの豆類や穀類など植物種子で知られており、消化不良の原因物質にもなっている(特許文献4)。これらは、タンパク質であるにも拘らず、トリプシンで加水分解されないばかりか、その酵素活性を阻害するという機能を発揮するものであり、トリプシンをはじめとするセリンプロテアーゼの反応機構や基質認識の解析に広く利用されてきた。
多くの天然物由来や人工的に合成された低分子性のプロテアーゼ阻害剤(アンチパイン、ロイペプチン、キモスタチン、エラスチナールなど)が報告されており、かつ市販もされている(非特許文献18、19)。これらは、研究用試薬として酵素機能の調節に利用されている。
一方、トリプシン活性に対して正の影響を与える因子として、カルシウムイオンによりトリプシンの構造が安定化されることが知られている。
0016
ミミズは環形動物門貧毛綱に分類される紐状の生物であり、主に土壌中に生息して有機物を摂食し、消化吸収と排泄を通じて、土壌中の有機物を分解する役割を担っている。この点で、ミミズは土壌の耕起を促すとともに、植物が利用可能な有機物を土壌中にもたらしており、農業に必須の存在である。ミミズは食物連鎖の下層に位置し、自然界では、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類などの幅広い生物によって捕食される。また、魚やニワトリのエサとしても利用されてきたし、人類においても各地で食用の記録がある。東洋では解熱、鎮痛、利尿、血流促進などの目的で漢方薬としても長く利用されてきた。このようにミミズには安全性に足る十分な食経験があり、ミミズ乾燥粉末を用いた健康食品も生産されている(特許文献5、6)。
0017
これまでに、ミミズの体腔液や破砕液、及びこれらから製造されたミミズ乾燥粉末から、ウロキナーゼ様のプロテアーゼ活性や組織プラスミノーゲンアクチベーター(t−PA)様のプロテアーゼ等などのプロテアーゼ活性(非特許文献20、21)、アミラーゼ活性(非特許文献22)、セルラーゼ活性(非特許文献23)、リパーゼ活性(非特許文献24)などの酵素活性が見出されている。さらに、ミミズ破砕液のアセトン沈殿画分からエラスターゼ阻害活性、マトリクスメタロプロテイナーゼ阻害活性及びチロシナーゼ阻害活性(非特許文献25)、ミミズ乾燥粉末抽出液の10kDa未満の低分子画分からジペプチジルペプチダーゼ阻害活性(特許文献7)、同じく5kDa以下の低分子画分からアンジオテンシン変換酵素阻害活性(特許文献8)が報告されている。また、ラット海馬ニューロンの培養細胞において、細胞培養を行う培地にミミズ粉末抽出物を加えると、タウタンパク質の細胞内発現量を増加させることが報告されている(特許文献9)。しかしながら、これまでにミミズ成分において、ヒトをはじめとする動物の消化酵素例えばトリプシン、キモトリプシン、リパーゼ、アミラーゼなどの活性に対する阻害あるいは活性化などの効果は報告されていない。
0018
特開2003−267805号公報
特開2004−244369号公報
特開2007−55938号公報
特開2012−72141号公報
特許第5548931号公報
特開2015−48353号公報
特許第5901092号公報
特開2015−168631号公報
特開2016−88877号公報
先行技術
0019
今堀和友、山川民夫(監修):生化学辞典、第4版(2007年)、東京化学同人、東京、756ページ
今堀和友、山川民夫(監修):生化学辞典、第4版(2007年)、東京化学同人、東京、954ページ
今堀和友、山川民夫(監修):生化学辞典、第4版(2007年)、東京化学同人、東京、346ページ
今堀和友、山川民夫(監修):生化学辞典、第4版(2007年)、東京化学同人、東京、214ページ
鶴大典、船津勝(編):蛋白質分解酵素II(生物化学実験法31)、学会出版センター、東京(1993年)、1−29ページ
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長尾寿浩、田中重光:リパーゼのユニークな反応機構を利用した機能性脂質の製造、科学と工業、90(3)、(2016)、pp.85−92
Barrett,A.J.,Rawlings,N.D.,and Woessner,J.F.(Eds.):Handbook of Proteolytic Enzymes,2nd Edition(2004),Elsevier,Amsterdam,pp.1417−1511
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Berg,J.M.,Tymoczko,J.L.,and Stryer,L.:Biochemistry,5th Ed.,Freeman,New York,NY,USA(2002),pp.234−235
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小牧利章:酵素応用の知識、第4版、幸書房、東京、(2000年)、34ページ
小牧利章:酵素応用の知識、第4版、幸書房、東京、(2000年)、256−261ページ
株式会社ペプチド研究所(編):Peptide 28、ペプチド研究所、大阪、(2011年)、178−201ページ
今堀和友、山川民夫(監修):生化学辞典、第4版(2007年)、東京化学同人、東京、1185ページ
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発明が解決しようとする課題
0020
上記の現状のもと、本発明の主たる課題は、所定の酵素に対して活性促進効果を有する酵素活性促進剤、とりわけトリプシン、キモトリプシン、リパーゼ、及びこれらの酵素の類縁酵素類から選択される少なくとも1つの酵素に対して活性促進効果を有する酵素活性促進剤の製造方法及び酵素活性促進剤の含有物を提供する点にあり、さらに、用途を考慮すれば、食経験が豊富で安全性の高い天然物由来の原料を用いた酵素活性促進剤の製造方法及び酵素活性促進剤の含有物を提供する点にある。
課題を解決するための手段
0021
本発明者らは鋭意研究を重ね、上記課題を解決する方法を見出し、本発明を完成させた。
即ち、本発明の第1特徴構成は、所定の酵素に対して活性促進効果を有する酵素活性促進剤の製造方法であって、
ミミズ抽出液を得る抽出工程と、
そのミミズ抽出液に由来する分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分を得る分画工程と、を実行して、当該ミミズ抽出液画分から前記酵素活性促進剤を得る点にある。
0022
即ち、本発明は、ミミズ乾燥粉末に水を加えるなどしてミミズ抽出液を得る抽出工程と、そのミミズ抽出液に由来する分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分(以下において、簡便のため、本画分を「3kDa未満画分」と呼ぶ場合がある。)を得る分画工程と、を実行して得られるミミズ抽出液画分から、酵素とりわけ動物の消化酵素であるトリプシン、キモトリプシン及びリパーゼの活性促進効果を有する酵素活性促進剤を得ることができる。
0023
本発明の第2特徴構成は、前記所定の酵素がトリプシン、キモトリプシン、リパーゼ、及びこれらの酵素の類縁酵素類から選択される少なくとも1つである点にある。
0024
本構成によれば、ミミズ乾燥粉末は食経験も豊富であり、安全性の高い天然由来原料であることから、小腸でのトリプシン活性、キモトリプシン活性、及びリパーゼ活性を促進するための消化助剤としての応用、トリプシン、キモトリプシン、リパーゼを用いる食品加工時における活性増強剤としての応用、ペプチドやエステル、脂質などの合成や製造における活性増強剤としての応用など、医薬品、機能性食品、添加剤としての応用が期待できる。原料となるミミズは容易に養殖できることから、生産性の上でも利点がある。
0025
本発明の第3特徴構成は、前記分画工程により得たミミズ抽出液画分の粉末を5mg/mL以上の濃度で溶解して、前記酵素活性促進剤を得る点にある。
0026
本構成によれば、分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分を得る分画工程により、3kDa以上の高分子質量画分を取り除くことができる。得られた分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分に凍結乾燥処理等の濃縮操作を行うことにより、ミミズ抽出液画分に含まれる酵素活性促進効果を有する酵素活性促進剤としての粉末を高濃度で得ることができる。ミミズ抽出液画分の粉末は保存性及び加工性の点でも優位である。さらに、これらの分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分の粉末を5mg/mL以上の濃度で用いることで、酵素活性促進剤によるトリプシン及びキモトリプシン活性促進効果の最大値の半分以上の効果を十分に得ることができ、またリパーゼ活性についても十分な促進効果を得ることができる。
0027
本発明の第4特徴構成は、前記分画工程により得たミミズ抽出液画分、又はそのミミズ抽出液画分の粉末を5mg/mL以上の濃度に溶解した画分に、加熱処理、凍結融解処理、酸処理、及び有機溶媒処理から選択される少なくとも1つを実行して、前記酵素活性促進剤を得る点にある。
0028
本構成によれば、上記加熱処理を行うことにより、熱に弱い成分を変性させ、遠心分離等で容易に取り除くことができる。加えて熱による殺菌効果も期待できる。また、上記凍結融解処理を行うことにより、低温に弱い成分を変性させ除去することができる。また、上記酸処理を行うことにより、酸に弱い成分を変性させ除去することができる。また、上記有機溶媒処理を行うことにより、有機層に移行する成分及び界面に移行する成分を除去することができる。そしてこのような処理を単独、又は複数組み合わせて実行することにより、より純度の高い酵素活性促進剤を得ることができる。
発明の効果
0029
本発明により、食経験が豊富で安全性の高い天然物由来の、酵素活性促進剤、その製造方法、及びその含有物を提供することができる。
図面の簡単な説明
0030
実施例1で得たミミズ抽出液画分の乾燥粉末を蒸留水に再溶解して得られた溶液の紫外・可視吸収スペクトルを示すグラフ図
トリプシン活性に対するミミズ抽出液画分の乾燥粉末の添加効果を示すグラフ図
ミミズ抽出液画分の乾燥粉末によるトリプシン活性の促進効果におけるミミズ抽出液画分の濃度依存性を示すグラフ図
トリプシン活性に対する基質濃度の効果を示すグラフ図
トリプシンの酵素反応速度の基質濃度依存性を示すグラフ図
トリプシンの酵素反応速度の基質濃度依存性に関する両逆数プロットを示すグラフ(a)及び表(b)を示す図
トリプシンの酵素反応速度の基質濃度依存性に関するヘインズ−ウールフプロットを示すグラフ(a)及び表(b)を示す図
キモトリプシン活性に対するミミズ抽出液画分の乾燥粉末の添加効果を示すグラフ図
ミミズ抽出液画分の乾燥粉末によるキモトリプシン活性の促進効果におけるミミズ抽出液画分の濃度依存性を示すグラフ図
ミミズ抽出液画分の乾燥粉末によるリパーゼ活性の促進効果におけるミミズ抽出液画分の濃度依存性を示すグラフ図
実施例
0031
本発明の実施形態を、以下、実施例を加えて、詳細に説明する。
本発明に係る、所定の酵素に対して活性促進効果を有する酵素活性促進剤は、原料となるミミズを破砕して得られた破砕液を用いて調製したミミズ乾燥粉末に、水を加えてミミズ抽出液を得る抽出工程と、その抽出工程で得られたミミズ抽出液を限外濾過して分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分を得る分画工程とを実行することで得られる。分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分を得る分画工程は、限外濾過に限らず、遠心分離、ゲル濾過等公知の分画法を用いても良い。この分子質量3kDa未満のミミズ抽出液画分を主成分とする酵素活性促進剤は、後述する実施例において、トリプシン活性、キモトリプシン活性、及びリパーゼ活性を促進する効果を持つことが確認できた。
0032
本発明に係る酵素活性促進剤の製造方法では、上記分画工程後の3kDa未満のミミズ抽出液画分に凍結乾燥処理工程を実行して、凍結乾燥粉末としてもよい。本工程によりミミズ抽出液画分を濃縮することができ、高濃度の酵素活性促進剤を得ることができる。また凍結乾燥粉末とすることで、保存性や加工性を高めることができる。さらにこの凍結乾燥粉末を5mg/mL以上の濃度で溶解することにより、トリプシン及びキモトリプシン活性促進効果の最大値の半分以上の効果を得ることができる。またリパーゼ活性についても十分な促進効果を得ることができる。凍結乾燥粉末を溶解する溶媒には、蒸留水のほか、トリス塩酸(Tris−HCl)緩衝液などの公知の緩衝液を用いることができる。
0033
本発明に係る酵素活性促進剤の製造方法では、上記分子質量分画工程後の3kDa未満のミミズ抽出液画分、又はその画分に凍結乾燥処理を実行して濃縮して得た凍結乾燥粉末を5mg/mL以上の濃度に再溶解した画分に、加熱処理、凍結融解処理、酸処理、及び有機溶媒処理から選択される少なくとも1つの処理を実行することができる。加熱処理に関しては、常圧下、100℃までの温度で処理することができる。凍結融解処理に関しては、−80℃までの温度(極低温冷凍庫)及び−196℃(液体窒素温度)で処理することができる。酸処理に関してはpH2までの酸を用いて処理することができる。有機溶媒処理に関しては、ヘキサンなどの、水層と有機層に分層することができる有機溶媒を用いることができる。
これらの処理は複数組み合わせて実行してもよく、また、処理後の溶液に遠心分離や濾過などの一般的な分離操作を行うことができ、固形物を除去することでより純度の高い酵素活性促進剤を得ることができる。
0034
本発明に係る酵素活性促進剤は、これを含有する含有物とすることで、酵素、とりわけトリプシン活性、キモトリプシン活性、及びリパーゼ活性を促進する目的の医薬品、飲食品、添加物などとして用いることができる。
0035
〈ミミズ乾燥粉末の調製方法〉
本発明の実施例において用いたミミズ乾燥粉末の調製は、特許文献6の方法に準じて以下のように行った。
植物性繊維質材を養殖用床材として養殖したシマミミズ(Eisenia fetida)を動力土ふるい機(B型、笹川農機製、新潟県燕市)を用いてメッシュ孔径4mmのふるい(ホームセンターで売っている一般的なもの)でふるいにかけ、大まかに繊維質材をふるい落とした。このミミズを明所に一定時間置き、ミミズの防衛特性により消化管内内容物を吐出させて除去する操作を繰り返すことで、原料となるミミズ生体を得た。
ミミズ生体30kgを水流式異物除去装置(MASTER分太郎MT−500、東洋スクリーン工業製、奈良県生駒郡)を用いて洗浄した後、さらにメッシュ孔径3mmのふるい(ホームセンターで売っている一般的なもの)の上で水洗した。このミミズ生体を5%(w/v)炭酸水素ナトリウム水溶液に1時間浸漬し、体腔液を吐出させた後、再びメッシュ孔径3mmのふるい上で水洗した。
ミミズ生体を破砕機(M−22、なんつね製、大阪府藤井寺市)により破砕した後、プラスチックバッグに約2kgずつ充填してシーラーで密封した。このミミズ破砕液を、静水圧式高圧処理装置(SHP−100−50A、シナダ製、新潟県長岡市)を用いて、100MPa、60℃で16時間高圧処理した後、ローラーポンプ(RP−LVS、古江サイエンス製、東京都新宿区)及び円筒型超遠心分離機(ASM160AP、巴工業製、東京都品川区)を用いて、17,000rpmで連続的に遠心分離した。
得られた遠心上清を、真空凍結乾燥機(TF20−80TNNN、宝製作所製、東京都板橋区)を用いて凍結乾燥処理した後、パワーミル(YC−PM−3、YENCHEN MACHINERY製、台湾、桃園市亀山区)で粉末状に破砕した。この粉末を80℃で6時間乾燥させて得られたものを最終的なミミズ乾燥粉末とした。このときの回収量は4.04kgであったことから、出発のミミズ生体重量30kgに対するミミズ乾燥粉末の収率は13.5%であった。
0036
[実施例1]
上記調製工程において得られたミミズ乾燥粉末5gをビーカーに量り取り、蒸留水を加えて50mLとし、10%(w/v)懸濁液を得た。懸濁液はスターラーを用いて10分間撹拌した後、16,100xgで10分間遠心分離を行い、沈殿物を除去した。この上清をミミズ抽出液とした。
次にこのミミズ抽出液をVivaspin20(3kDa MWCO、GE Healthcare製、英国リトル・チャルフォント)を用いて限外濾過し、分子質量3kDa未満の低分子画分であるミミズ抽出液画分の濾液(以下、「3kDa未満濾液」と呼ぶ。)を得た。この3kDa未満濾液を、さらに凍結乾燥機(FDU−1200、東京理化器械EYELA製、東京都文京区)を用いて凍結乾燥粉末(以下、「3kDa未満濾液凍結乾燥粉末」と呼ぶ。)とした。このとき、24mLの3kDa未満濾液から、1.65gの3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を得た。従って、出発のミミズ乾燥粉末5gからの3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の収率は33%であった。すなわち、出発のミミズ生体重量30kgから、1.33kgの3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が得られたことから、このときの収率は4.4%であった。
0037
図1に、実施例1で得られた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を蒸留水に0.5mg/mLの濃度になるよう再溶解して得られた溶液の、紫外・可視吸収スペクトルを示す。尚、測定は分光光度計(UVmini−1240、島津製作所、京都)と超ミクロブラックセル(P/N200−66578−11、島津ジーエルシー、東京)を用いて、光路長1cm、室温条件下で行った。
0038
3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の溶液の性状は、無色透明である。図1のスペクトルには、240−350nmの波長域において、253nm付近に吸収の極大、240nm付近に極小を持つ単一のピークからなる吸収スペクトルを示す。350nm以上の長波長域には吸収が見られないことから、本物質は可視部域に吸収を持たない。一方、240nm以下の短波長域には各種の共有結合や振動・伸縮などに基因する大きい吸収がある。240−350nmには、253nmの極大とは別に270−275nm付近に肩(ショルダー)が見られる。本スペクトルには、一般的なタンパク質やペプチドに観測される特徴的な270−280nmの吸収が見られないことから、実施例1で得られた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の主成分はトリプトファンやチロシンを含有するようなタンパク質やペプチドでは無いと考えられる。吸収スペクトルの特徴から、本物質には、(トリプトファン及びチロシンを主成分としない)アミノ酸とくにフェニルアラニンやヒスチジン、及びこれらを含むペプチド、ヌクレオチドやヌクレオシドなどの核酸関連物質、糖質、脂質及びテルペン、フラボノイド、コレステロール類など、及びこれらの複合体である可能性がある。
0039
〈トリプシン活性測定試験〉
トリプシン活性及びトリプシン様プロテアーゼ活性は、合成基質アルファ−N−ベンゾイル−D,L−アルギニン−パラ−ニトロアニリド(N−benzoyl−D,L−arginine−p−nitroanilide、以下「BAPNA」と略称する。)の加水分解活性により評価することができる(非特許文献15)。本法はトリプシンによりBAPNAをアルファ−N−ベンゾイル−D,L−アルギニン(α−N−benzoyl−D,L−arginine、以下「BA」と略称する。)とパラ−ニトロアニリン(p−nitroaniline、以下「PNA」と略称する。)へと分解し、単位時間当たりに生じるPNAの量を波長405nmの吸光度の増加を測定することで求め、その増加速度からトリプシン活性を評価するものである。
0040
はじめに、予め37℃に保温した100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液75μLと蒸留水15μLを96ウェルマイクロプレートに加え、これに1mMのHClに溶解した30μg/mLのウシ膵臓由来トリプシン(品番T1426、SIGMA製、ロット番号:SLBG6452V)10μLを混合し、37℃で5分間保持した。次いでこの混合液に、蒸留水に溶解し予め37℃に保温した1mg/mLのBAPNA(品番B4875、SIGMA製、ロット番号BCBN0139V、米国ミズーリ−州セントルイス)50μLを加えることで反応を開始し、マイクロプレートリーダー(xMark、Bio−Rad Laboratories製、米国カリフォルニア州ハーキュリーズ)を用いて、37℃における405nmの吸光度を1分ごとに15分間にわたり測定した。一方で対照実験として、トリプシン含有1mM HClの代わりに、トリプシンを含有しない1mM HClを加えた混合液についても同様に測定を行い、これをブランクとした。トリプシンを加えたときの測定値からブランク値を差し引いたうえで、測定時間ごとの405nmの吸光度(A405)が直線的に増加することを確認し、その直線の傾きより1分間当たりの吸光度変化量(ΔA405/min)を求めた。使用したマイクロプレートの光路長は反応液量150μLで0.458cmであり、また、生成物PNAの405nmにおけるモル吸光係数(ε405)は10,200M−1cm−1であり(非特許文献26)、これらの値とΔA405/minとから、1分間当たりに生成したPNA量を算出し、これを反応速度(すなわち酵素活性、単位はM/min)とした。このとき、3kDa未満濾液を含まない条件下でのトリプシン活性は6.2×10−6M/minであった。
0041
3kDa未満濾液のトリプシン活性促進効果は、以下の方法で測定した。3kDa未満濾液の試料液は、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に、20、10、5、2、1mg/mLになるように溶解することにより調製した。37℃で保温した各濃度の試料溶液75μLを用いて、上記と同様に、蒸留水15μLと1mMのHClに溶解した30μg/mLのトリプシン10μLとを混合し、37℃で5分間保温した。この混合液に、蒸留水に溶解し予め37℃に保温した1mg/mLのBAPNAを50μL加えることで反応を開始し、マイクロプレートリーダーを用いて、37℃における405nmの吸光度(A405)を1分ごとに15分間にわたって測定した。上記の方法で図2に示した測定結果を解析した。
0042
尚、図2では、縦軸にトリプシン活性の生成物(パラ−ニトロアニリン、PNA)の405nmにおける吸光度(A405)、横軸に酵素反応時間をプロットし、酵素反応の経時変化を示した。図中の凡例の数字は反応液に加えた、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の反応液中での濃度(すなわち終濃度)(単位:mg/mL)を示す。また、EBは酵素を加えない酵素ブランク、DBは酵素及び3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えないダブルブランクを示す。
反応液に酵素が含まれないとき(図2の「+」)、生成物の生成は全く観測されない。一方、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が含まれていないとき(図2の「○」)、トリプシンによる基質の加水分解が起こり、生成物量は経時的にほぼ直線的な増加を示す。反応時間ゼロにおけるA405の単位時間における増分が、酵素活性すなわち酵素反応速度(v)である。酵素反応液に3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えることにより、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の濃度依存的に酵素活性が促進されることが示された。3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含まないとき、トリプシンによって1分間当たりに生成したPNA量、すなわち反応速度は6.2×10−6M/minであった。
0043
さらに、この値を相対値1として、各試料溶液を用いたときのトリプシン活性の相対値を示した(図3参照)。尚、各測定は3回ずつ繰り返して行った。
尚、図3は、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末によるトリプシン活性の促進効果における3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の濃度依存性を示す。図3では、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を、ゼロないし10mg/mLの種々の終濃度になるように反応液に添加したときのトリプシン促進効果を、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の終濃度がゼロのときの酵素活性を1として、相対値で示した。
0044
図3より、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を反応系に加えると、その濃度に依存してトリプシン活性が促進されることがわかる。終濃度が0.5mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えた場合でもトリプシン活性は1.4倍以上促進され、終濃度が10mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えた場合にはトリプシン活性は1.7倍以上促進された。一方で、上記の測定において、トリプシンを含まず、終濃度が10mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含む条件の反応液では、BAPNA分解活性は観察されなかった(図2のEB「+」を参照)。これらの結果から、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末には、濃度依存的にトリプシン活性を促進する成分が含まれていること、さらに当該成分はトリプシン様活性を全く有さないことが示された。
0045
また、図3より、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の濃度とトリプシン活性の促進効果のプロットは飽和曲線を示し、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末によるトリプシン活性の最大活性化倍率は1.8倍であり、最大活性化倍率の半分の効果を与える3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の終濃度をEC50と定義すると、EC50は0.4mg/mLと見積もられた。よって、本試験で行ったように終濃度が0.5mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含む反応条件では、十分にEC50を上回るトリプシン促進効果がもたらされること、さらに終濃度が5mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含む反応条件では最大活性化倍率の90%以上のトリプシン促進効果がもたらされることが示された。
0046
[比較試験例1]
上記実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に溶解し、20mg/mL及び2mg/mLの試料溶液を調製した。予め37℃に保温した各試料溶液75μLと蒸留水15μLを96ウェルマイクロプレートに加え、これに蒸留水に溶解し予め37℃に保温した1mg/mLのBAPNAを50μL加え、37℃で5分間保持した。この混合液に、1mMのHClに溶解した30μg/mLのトリプシン10μLを加えることで反応を開始し、マイクロプレートリーダーを用いて、37℃における405nmの吸光度を1分ごとに15分間にわたり測定した。
0047
上記の方法で結果を解析し、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含まないときのトリプシン活性によって1分間当たりに生成したパラ−ニトロアニリン(PNA)量を求めたところ、7.8×10−6M/minであった。このように酵素添加により反応を開始した場合、上述の基質添加により反応を開始した場合に比べてトリプシン活性が高くなったが、これは基質を添加することにより反応を開始する場合、トリプシンを反応液に加えてから基質を添加して反応を開始するまでの5分間の保持により、トリプシンの自己消化が起こり、その結果、活性が低下することに起因すると考えられる。
0048
しかし、反応液に終濃度が1mg/mLあるいは10mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えて酵素を添加することにより反応を開始した場合、トリプシン活性、すなわち1分間当たりに生成したPNA量は、それぞれ1.3倍(1.0×10−5M/min)及び1.5倍(1.2×10−5M/min)に増加した。また、本比較試験例の、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含まない反応液において酵素添加により反応開始した場合の活性(7.8×10−6M/min)に比較して、上述の基質添加により反応開始した場合、反応液に終濃度が1−10mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含むとき、より高い活性(8.9×10−6M/minから1.1×10−5M/min)が得られた。即ち、トリプシン活性は5分間の保持により自己消化が起こり、活性が低下するが、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を添加すると自己消化が起こる前のトリプシン活性よりも促進された。以上の結果から、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末には、単純にトリプシンの自己消化を防ぎ安定化に寄与するのみならず、濃度依存的にトリプシン活性をより高度に促進する成分が含まれていることが示された。
0049
[比較試験例2]
上記実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に溶解し、10mg/mL及び1mg/mLの試料溶液を調製した。また、合成基質BAPNAを、2、1.5、1.25、1、0.75、0.5mg/mLとなるように蒸留水に溶解し、各濃度の基質溶液を調製した。予め37℃に保温した各試料溶液75μLと蒸留水15μLを96ウェルマイクロプレートに加え、これに予め37℃に保温した各濃度のBAPNAを50μL加えて、37℃で5分間保温した。この混合液に、1mMのHClに溶解した30μg/mLのトリプシン10μLを加えることで反応を開始し、マイクロプレートリーダーを用いて、37℃における405nmの吸光度を1分ごとに15分間にわたり測定した。尚、基質溶液の代わりに蒸留水を加えた基質ブランク、試料溶液を加えない3kDa未満濾液ブランクについても、それぞれ測定を行った。一連の測定は全部で3回行った。一例として終濃度が0.5mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含む反応条件での測定結果を図4示した。基質濃度の増大につれて、酵素活性が増大することが示された。
0050
尚、図4は、トリプシン活性に対する基質濃度の効果を示す。即ち、図4では、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を終濃度が0.5mg/mLになるように含む条件において、反応液に加える基質濃度を終濃度でゼロないし0.67mg/mLにわたって変化させたときのトリプシン活性測定の経時変化を示す。横軸は反応時間、縦軸は405nmの吸光度を表す。凡例の数字は反応液に加えた基質の終濃度を示す。基質濃度の増大につれて、酵素活性が増大することが示された。
0051
本結果は上記の方法で解析した。トリプシン活性によって1分間当たりに生成したPNA量を各条件について求めたうえで、横軸に基質濃度([S])、縦軸に反応速度(v)を取ったミカエリスプロットを作成し、図5に示す。
尚、図5では、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を、含まない、あるいは終濃度が0.5mg/mL又は5mg/mLになるように含む条件において、反応液に加える基質濃度を変化させたときのトリプシン活性を解析し、横軸に基質濃度([S])、縦軸に反応速度(v)をプロットした(ミカエリス プロット)。凡例の数字は反応液に加えた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の終濃度を示す。反応速度の単位(M/min)は、酵素反応生成物の生成速度の単位(A405/min)から、生成物の分子吸光係数を用いて算出した。いずれの濃度の3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が含まれる場合も、ミカエリス−メンテン型の飽和曲線が示された。
0052
いずれの濃度の3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が含まれる場合も、ミカエリス−メンテン型の飽和曲線が示された。図5より、各プロットは飽和曲線を示しており、終濃度が0.5mg/mL、5mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えた場合、反応の最大速度が増大していることが読み取れる。ここでさらに、横軸に基質濃度の逆数を、縦軸に反応速度の逆数を取ったラインウィーバー−バークプロット、及び横軸に基質濃度を、縦軸に基質濃度を反応速度で除した値を取ったヘインズ−ウールフ プロットを作成した。それぞれのプロットから最小二乗法による近似直線を得て、これよりミカエリス定数Km(M)、最大速度Vmax(M/s)、分子活性kcat(1/s)、及びkcat/Km(1/(Ms))の各種酵素反応速度論パラメータを求めた。図6には、ラインウィーバー−バークプロットプロット及び当該プロットより求めたパラメータを、図7には、ヘインズ−ウールフ プロット及び当該プロットより求めたパラメータをそれぞれ示した。
0053
即ち、図6は、トリプシンの酵素反応速度(v)の基質濃度[S]依存性に関する両逆数プロット(ラインウィーバー−バーク(Lineweaver−Burk)プロット)を示す。図6では、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を、含まない、あるいは終濃度が0.5mg/mL又は5mg/mLになるように含む条件において、反応液に加える基質濃度を変化させたときのトリプシン活性測定の結果を解析し、横軸に基質濃度の逆数(1/[S])、縦軸に反応速度の逆数(1/v)をプロットした(ラインウィーバー−バーク プロット)。また、図6の下に、本プロットより求めた酵素反応速度論パラメータを示す。基質濃度及び反応速度の単位は図5に同じである。ここで、Kmは、表示された終濃度で3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が反応液に存在するときのミカエリス(Michaelis)定数であり、Vmaxは、同じく表示された終濃度で3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が反応液に存在するときの最大速度であり、kcatは、同じく表示された終濃度で3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が反応液に存在するときの分子活性(ターンオーバー数)であり、kcat/Vmaxは同じく表示された終濃度で3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が反応液に存在するときの特異性定数である。3種類の反応液において、Kmはほとんど変化しないが、Vmaxとkcatは、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の終濃度の増大につれて増大した。
0054
また、図7は、トリプシンの酵素反応速度(v)の基質濃度[S]依存性に関するヘインズ−ウールフ(Hanes−Woolf)プロットを示す。図7では、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を、含まない、あるいは終濃度が0.5mg/mL又は5mg/mLになるように含む条件において、反応液に加える基質濃度([S])を変化させたときのトリプシン活性測定の結果を解析し、横軸に基質濃度([S])、縦軸に基質濃度を反応速度で除した数値([S]/v)をプロットした(ヘインズ−ウールフ プロット)。また、図7の下に本プロットより求めた酵素反応速度論パラメータを示す。本プロットより求めた酵素反応速度論パラメータ、基質濃度及び反応速度の単位は図5及び図6に同じである。
0055
図6及び図7に示したパラメータより、終濃度が0.5mg/mL、5mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えた場合、トリプシンの基質との親和性の指標であるミカエリス定数はほぼ変化しないか、あるいはわずかに大きくなった。一方で最大速度は加えた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末濃度に応じて増大し、酵素1分子が1秒間当たりに触媒する反応の回転数を示す分子活性も増大した。即ち以上の結果より、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末に含まれるトリプシン促進剤は、トリプシンとBAPNA基質の結合の親和性を高めることによるのでは無く、トリプシンが単位時間あたりに触媒する反応の回転数を高めることにより、トリプシン活性を促進する効果を発揮することが示された。
0056
〈キモトリプシン活性測定試験〉
キモトリプシン活性は、上述のトリプシン活性測定試験の内容を一部変更して測定した。即ち、合成基質N−ベンゾイル−L−チロシン−パラ−ニトロアニリド(N−benzoyl−L−tyrosine−p−nitroanilide、以下「BTPNA」と略称する。)をキモトリプシンにより生成物N−ベンゾイル−L−チロシン(N−benzoyl−L−tyrosine、以下「BT」と略称する。)とパラ−ニトロアニリン(p−nitroaniline、PNA)へと加水分解し、単位時間当たりに生じるPNAの量を波長405nmの吸光度の増加を測定することで求め、その増加速度からキモトリプシン活性を評価した。
0057
予め37℃に保温した100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液75μLと蒸留水40μLを96ウェルマイクロプレートに加え、これに1mMのHClに溶解した150μg/mLのウシ膵臓由来キモトリプシン(品番C4129、SIGMA製,ロット番号:SLBG2821V)10μLを混合し、37℃で5分間保温した。この混合液に、30%ジメチルスルホキシド(dimethyl sulfoxide、以下「DMSO」と略称する。)に溶解し予め37℃に保温した0.36mg/mLのBTPNA(品番B6760、SIGMA製、ロット番号:BCBN1749V)25μLを加えることで反応を開始し、マイクロプレートリーダーを用いて37℃における405nmの吸光度を1分ごとに15分間にわたり測定した。一方で対照実験として、キモトリプシン含有1mM HClの代わりに、キモトリプシンを含有しない1mM HClを加えた混合液についても同様に測定を行い、これをブランクとした。キモトリプシンを加えたときの測定値からブランク値を差し引いたうえで、測定時間ごとのA405が直線的に増加することを確認し、その直線の傾きよりΔA405/minを求めた。この値と、使用したマイクロプレートの光路長(反応液量150μLで0.458cm)、及び生成物PNAのε405(10,200M−1cm−1)とから、1分間当たりに生成したPNA量を算出し、これを反応速度(すなわち酵素活性、単位はM/min)とした。このとき、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含まない条件下でのキモトリプシン活性は2.7×10−6M/minであった。
0058
3kDa未満濾液のキモトリプシン活性促進効果は上記と同様に測定した。3kDa未満濾液試料液は、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に、80、40、20、10、5、2、1mg/mLになるように溶解することにより調製した。37℃で保温した各濃度の試料溶液75μLを、蒸留水40μLと1mMのHClに溶解した150μg/mLのキモトリプシン10μLと混合し、37℃で5分間保温した。この混合液に、30%DMSOに溶解し予め37℃に保温した0.36mg/mLのBTPNAを25μL加えることで反応を開始し、マイクロプレートリーダーを用いて、37℃におけるA405を1分ごとに15分間にわたって測定した(図8参照)。尚、図8では、縦軸にトリプシン活性の生成物(パラ−ニトロアニリン、PNA)の405nmにおける吸光度(A405)、横軸に酵素反応時間をプロットし、酵素反応の経時変化を示した。図8中の凡例の数字は反応液に加えた、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の反応液中での濃度(すなわち終濃度)(単位:mg/mL)を示す。また、EBは酵素を加えない酵素ブランク、DBは酵素及び3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えないダブルブランクを示す。反応液に酵素が含まれないとき(図8の「+」)、生成物の生成は全く観測されない。一方、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が含まれていないとき(図8の「○」)、トリプシンによる基質の加水分解が起こり、生成物量は経時的にほぼ直線的な増加を示す。反応時間ゼロにおけるA405の単位時間における増分が、酵素活性すなわち酵素反応速度(v)である。酵素反応液に3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えることにより、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の濃度依存的に酵素活性が促進されることが示された。
図8により、酵素反応液に3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えることにより、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の濃度依存的に酵素活性が促進されることが示された。測定結果を解析したところ、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含まないとき、キモトリプシンによって1分間当たりに生成したPNA量、すなわち反応速度は2.7×10−6M/minであった。
0059
さらに、この値を相対値1として、各試料溶液を用いたときのキモトリプシン活性を相対的に示した(図9参照)。尚、各測定は3回ずつ繰り返して行った。
尚、図9は、3kDa未満濾液によるキモトリプシン活性の促進効果における3kDa未満濾液の濃度依存性を示す。図9では、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を、ゼロないし40mg/mLの種々の終濃度になるように反応液に添加したときのキモトリプシン促進効果を、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の終濃度がゼロのときの酵素活性を1として、相対値で示した。
0060
図9において、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末をゼロないし40mg/mLの種々の終濃度になるように反応液に添加したとき、その濃度に依存してキモトリプシン活性が促進されることがわかる。キモトリプシン活性は、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の終濃度がゼロのときの酵素活性を1として、相対値で示した。終濃度が5mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えた場合、キモトリプシン活性は1.4倍以上促進された。一方で、上記の測定において、キモトリプシンを含まず、終濃度が10mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含む条件の反応液では、BTPNA分解活性は観察されなかった(図8のEB「+」を参照)。これらの結果から、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末には、濃度依存的にキモトリプシン活性を促進する成分が含まれていること、さらに当該成分はキモトリプシン様活性を全く有さないことが示された。
0061
また、図9のプロットは飽和曲線を示し、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末によるキモトリプシン活性の最大活性化倍率は約1.7倍、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末のEC50はおよそ4mg/mLであると見積もられた。よって、本試験で行ったように終濃度が5mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含む反応条件では、十分にEC50を上回るキモトリプシン活性の促進効果を得ることが示された。
0062
〈リパーゼ活性測定試験〉
リパーゼ活性はリパーゼキットS(品番4987−116−88021−3、DSファーマバイオメディカル製、大阪府吹田市)を用いて測定した。製造者の説明によれば、本キットは基質液、発色液、エステラーゼ阻害液、反応停止液から構成されており、測定原理は基質である三酪酸ジメルカプロール(「BALB」と略称する。)をリパーゼにより酪酸とジメルカプロール(「BAL」と略称する。)へと分解し、生じたBALを発色剤である5,5’−ジチオビス(2−ニトロ安息香酸)(「DTNB」と略称する。)と反応させて黄色の5−チオ−2−ニトロ安息香酸アニオン(「TNB」と略称する。)を生成させ、412nmの吸光度を測定することでリパーゼ活性を評価するというものである。エステラーゼ阻害液の成分はフェニルメチルスルホニルフルオリド(「PMSF」と略称する。)であり、リパーゼ以外のエステラーゼを阻害する。また反応液には濁りがあるが、停止液を加えることで反応を停止すると同時に反応液を清澄にする。
0063
予め30℃に保温した蒸留水56.5μLと、先に混合して30℃に保温したキットの発色原液6.25μL、緩衝液6.25μL、エステラーゼ阻害液1.5μLを96ウェルマイクロプレートに加え、これに20mM Tris−HCl(pH7.0)緩衝液に溶解した5μg/mLのブタ膵臓由来リパーゼ(品番L3126、SIGMA製、ロット番号:SLBL2143V)3μLを混合し、30℃で5分間保持した。この混合液に、予め30℃に保温したキットの基質液6.5μLを加えることで反応を開始し、30℃で10分間反応を行った。この反応液に停止液120μLを加えることで反応を停止させた後、マイクロプレートリーダーを用いて412nmの吸光度を測定した。一方で対照実験として、混合液に基質液を加えずに30℃で10分間保持し、停止液120μLを加えた後に基質液6.5μLを加えた対照試験液についても412nmの吸光度を測定した。反応液の吸光度から対照試験液の吸光度を差し引いた値を、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えないときのリパーゼ活性とした。
0064
3kDa未満濾液のリパーゼ活性促進効果は以下の方法で測定した。3kDa未満濾液試料液は、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を蒸留水に20、10、5、2、1mg/mLになるように溶解することにより調製した。30℃で保温した各濃度の試料溶液40μLと蒸留水16.5μL、先に混合して30℃に保温したキットの発色原液6.25μL、緩衝液6.25μL、エステラーゼ阻害液1.5μLを96ウェルマイクロプレートに加えた。これに20mM Tris−HCl(pH7.0)に溶解した5μg/mLのブタすい臓由来リパーゼ3μLを混合し、30℃で5分間保持した。この混合液に、予め30℃に保温したキットの基質液6.5μLを加えることで反応を開始し、30℃で10分間反応を行った。この反応液に停止液120μLを加えることで反応を停止させた後、マイクロプレートリーダーを用いて412nmの吸光度を測定した。一方で対照実験として、混合液に基質液を加えずに30℃で10分間保持し、停止液120μLを加えた後に基質液6.5μLを加えた対照試験液についても412nmの吸光度を測定した。反応液の吸光度から対照試験液の吸光度を差し引いた値をそれぞれ、各濃度の3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えたときのリパーゼ活性とした。尚、各測定は3回ずつ繰り返して行った。
0065
3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えないときのリパーゼ活性を相対値1として、3kDa未満濾液の凍結乾燥粉末をゼロないし10mg/mLの種々の終濃度になるように反応液に添加したときのリパーゼ活性を相対値で表した結果を示した(図10参照)。
尚、図10は、3kDa未満濾液によるリパーゼ活性の促進効果における3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の濃度依存性を示す。図10では、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末をゼロないし10mg/mLの種々の終濃度になるように反応液に添加したときのリパーゼ促進効果を、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末の終濃度がゼロのときの酵素活性を1として、相対値で示した。
図10に示すように、終濃度が0.5mg/mL以上になるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えるとリパーゼ活性はおよそ1.4倍に活性化された。一方で、上記の測定において、リパーゼを含まず、終濃度が10mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含む条件の反応液では、リパーゼ活性は観察されなかった。これらの結果から、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末には、リパーゼ活性を促進する成分が含まれていること、さらに当該成分はリパーゼ様活性を全く有さないことが示された。
0066
次に、実施例1で得られた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末にさらに各種処理工程を加えた実施例について説明する。
0067
[実施例2]
実施例1で得られた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に溶解し、20mg/mLの溶液を調製した。この溶液をアルミブロック恒温槽(DTU−1BN、タイテック製、東京)を用いて100℃、10分間あるいは30分間加熱処理を行った。室温まで冷ましたこれらの溶液を以後、「加熱処理溶液」(実施例2)とする。
0068
[実施例3]
実施例1で得られた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に溶解し、20mg/mLの溶液を調製した。この溶液を−80℃の超低温フリーザー(MDF−U384、三洋電気製、大阪府守口市)を用いて凍結処理し、一晩保持した後、容器を水道水につけて融解した。以下、この溶液を「凍結融解処理溶液」(実施例3)と呼ぶ。
0069
[実施例4]
実施例1で得られた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を10mMのHCl(pH2.0)に溶解し、40mg/mLの溶液を調製した。この溶液を室温で3時間保持した後、1MのNaOHを加えて中和し、さらに1MのTris−HCl(pH8.0)緩衝液と蒸留水を加えて、最終的に3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が100mMのTris−HCl(pH8.0)緩衝液に20mg/mLの濃度で溶解した状態の溶液を調製した。以下、この溶液を「酸処理溶液」(実施例4)と呼ぶ。
0070
[実施例5]
実施例1で得られた3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を100mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に溶解し、20mg/mLの溶液を調製した。この溶液をガラスバイアルに入れ、等量のヘキサン(試薬特級、ノルマルヘキサン97%含有、ナカライテスク製、京都市)を加えて蓋をし、ボルテックスミキサーを用いて5分間激しく撹拌した。30分間静置して十分に分層させた後、ヘキサン層を取り除き、水層を慎重に回収した(1回抽出)。また、ヘキサン層を取り除いた後、等量のヘキサンを新たに加え、再度撹拌と分層を行った水層も別途調製した(2回抽出)。以下、これらの水層の溶液を「ヘキサン抽出溶液」(実施例5)と呼ぶ。尚、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含まない100mMのTris−HCl(pH8.0)緩衝液に対して、等量のヘキサンを加え、同様の抽出操作を行ったものも調製し、これをコントロールとした。
0071
上記実施例2−5で得られた各試料溶液を用いてトリプシン活性測定試験を行った。予め37℃で保温した各試料溶液75μLと蒸留水15μL、1mMのHClに溶解した30μg/mLのトリプシン10μLとを混合し、37℃で5分間保持した。この混合液に、蒸留水に溶解し予め37℃に保温した1mg/mLのBAPNAを50μL加えることで反応を開始し、マイクロプレートリーダーを用いて、37℃における405nmの吸光度(A405)を1分ごとに15分間にわたって測定した。結果を解析し、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を含まないときのトリプシン活性を相対活性1として、各試料溶液を用いたときのトリプシン活性を相対的に示した(表1参照)。尚、比較のために図3に示した終濃度が10mg/mLになるように3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えた溶液(以下「未処理溶液」と呼ぶ。)のトリプシン活性も表1に合わせて示した。
0072
0073
まず、実施例2の加熱処理溶液に関して詳しく説明する。100℃で10分間及び30分間加熱処理した加熱処理溶液を用いた場合、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えないときに比較して、それぞれ1.6倍及び1.7倍にトリプシン活性を促進した。これは未処理の未処理溶液を用いたときと同等の効果であったことから、トリプシン促進効果を示す成分は実施例2の加熱処理に対して高い安定性及び耐熱性を持つことが示された。また、このことから3kDa未満濾液に対して加熱処理を行うことで、熱に弱い成分を変性させて除去する効果や、加熱殺菌効果が期待できる。
0074
次に、実施例3の凍結融解処理溶液に関して、−80℃で凍結し、一晩保持した後に融解した凍結融解処理溶液を用いた場合でも、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えない場合と比較してトリプシン活性を1.6倍に促進した。この結果からトリプシン促進効果を示す成分は凍結融解処理に対して安定性及び耐凍結融解性があることが示された。また、このことから、低温に弱い成分を変性させて除去する効果や、微生物の増殖を防ぎ長期保存できる可能性が期待できる。
0075
さらに実施例4の酸処理溶液に関して、pH2で3時間保持した後に中和した酸処理溶液を用いた場合でも、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えない場合と比較してトリプシン活性を1.6倍に促進した。この結果は、トリプシン促進効果を示す成分が実施例4の酸処理に対して安定性及び耐酸性を持つことを示している。また、このことから酸に弱い成分を変性させて除去する効果や酸による殺菌効果が期待できる。加えて経口摂取した際、胃酸に耐えて小腸へ到達しトリプシンを促進する可能性も期待できる。
0076
また、実施例5のヘキサン抽出溶液に関して、ヘキサンを3kDa未満濾液凍結乾燥粉末に加えて撹拌、分層する抽出操作を1回、あるいは2回行った後のヘキサン抽出溶液を用いた場合でも、3kDa未満濾液凍結乾燥粉末を加えない場合と比較してトリプシン活性を1.6倍に促進した。一方で、同様の抽出操作を行った100mMのTris−HCl(pH8.0)緩衝液を用いたコントロールでは、抽出操作を行っていないコントロールと差が見られなかった。これらの結果は、トリプシン促進効果を示す成分がヘキサンに対して安定であり、かつヘキサン層や界面へ移行せず水層に保持される、親水性の高い物質であることを示唆する。加えて、抽出操作により、有機層に移行する成分及び界面に移行する成分を除去する効果が期待できる。ヘキサンは生体物質に対して適用される最も高い非極性と高い疎水性を持つ有機溶媒であり、通常これより非極性及び疎水性が高い溶媒が用いられることは無い。従って、上記のように、当該の3kDa未満濾液凍結乾燥粉末が、ヘキサン中でトリプシン促進活性を減弱させたり消失したりすることが無かったことから、ヘキサン以外の有機溶媒中でも、十分な安定性と耐有機溶媒性を有するものと判断できる。
0077
以上の結果より、実施例1で得た3kDa未満濾液凍結乾燥粉末に対して加熱処理、凍結融解処理、酸処理、有機溶媒処理を単独、又は複数組み合わせて実行することにより、より純度の高いトリプシン活性促進効果を持つ酵素活性促進剤を得ることができると考えられる。
このようにして得られたミミズ乾燥粉末由来の酵素活性促進剤は、医薬品、機能性食品、添加剤などへ用いることが可能である。
0078
[別の実施形態]
(1)上記実施形態では、原料となるミミズにシマミミズ(Eisenia fetida)を用いたが、医薬品、健康食品用途で使用される他種のミミズを用いてもよい。
0079
(2)上記実施形態では、ミミズの破砕液に静水圧式高圧処理を行い、遠心分離にかけた上清を凍結乾燥して調製したミミズ乾燥粉末を用いたが、別の方法で調製されたミミズ乾燥粉末を用いてもよい。
0080
(3)上記実施形態における酵素活性促進剤の製造方法に含まれる各工程の処理条件については適宜変更が可能である。