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概要
背景
蛋白質は、酵素、ホルモン、受容体、生体の主要構成成分などとして生体内で様々な役割を演じている。蛋白質は、約20種のL−α−アミノ酸がペプチド結合により連結したポリペプチド鎖から成っており、これらのアミノ酸の配列順序を決定することは蛋白質の構造に関する重要な情報を与える。原理的には、ポリペプチド鎖の端から一つずつアミノ酸を遊離させて順次同定していけば、蛋白質の全アミノ酸配列が決定されるはずであるが、現実には、100残基以上のアミノ酸をこのような方法で同定することは不可能である。そのため、まず、蛋白質を数十残基以下のペプチドに断片化してから、それぞれのアミノ酸配列を決定している。
蛋白質の断片化により生じたペプチドのアミノ酸配列を決定するための方法として最も一般的なのは、エドマン法である。この方法は、1950年にエドマンにより開発された、ペプチドのアミノ末端から逐次アミノ酸残基を同定していくアミノ酸配列決定法であり(P.Edman, Acta Chem. Scand.、4、283、1950)、現在に至るまでに種々の工夫がなされ、今や、この方法によるペプチドのアミノ末端アミノ酸配列の分析は、自動化されたシーケンサーを用いて、ピコモルのオーダーの極微量試料で可能となった(日本生化学会編:“新生化学実験講座、第1巻、II、東京化学同人、153〜218、1990)。
しかし、蛋白質のアミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が何らかの置換基で修飾されている場合には、エドマン試薬と反応しないため、エドマン法によってアミノ酸配列を決定することができず、微量のアミノ末端修飾蛋白質のアミノ末端部のアミノ酸配列に関する情報を得ることは困難であった。
現在、アミノ末端が修飾された蛋白質のアミノ末端部の分析法としては、陽イオン交換法(Titani,K.,Narita,K.,Okunuki,K.:J.Biochem、51、350-358、1962)、酵素法(日本生化学会編:“新生化学実験講座、第1巻、II、東京化学同人、198-206、1990)、DITCグラス/アビジンカラム法(光永研一・宮城大・石水毅・加藤郁之進・綱沢進:第44回蛋白質構造討論会要旨集、1993)、CNBrビーズ法(秋山知子、笹川立:蛋白質・核酸・酵素、39、80、1994)が用いられている。
このうち、陽イオン交換法は、アミノ末端が修飾された蛋白質を、キモトリプシンなどの基質特異性の低いプロテアーゼで消化し、生成したペプチド断片混合物を陽イオン交換カラムにかけたとき、正の電荷をもたないアミノ末端ブロックペプチドのみが、陽イオン交換樹脂に吸着されずに回収されることを利用した方法であるが、アミノ末端修飾ペプチド内に塩基性アミノ酸が含まれている場合には、適用することができず、また、酸性アミノ酸が含まれている場合には、陽イオン交換カラムに完全に吸着せず、一部非吸着画分に溶出されてしまうという欠点がある。
酵素法は、アミノ末端が修飾された蛋白質を断片化した後、ロイシンアミノペプチダーゼを作用させると、α−アミノ基を有するアミノ末端修飾ペプチド以外のペプチドは、アミノ末端から逐次的にアミノ酸を遊離するため、酵素処理前後で逆相クロマトグラム上の溶出位置が変化するが、アミノ末端が修飾されたペプチドはこの酵素により消化を受けないので、溶出位置が変化しないことを利用した方法である。しかし、この酵素は、X−Proの配列を切断しない等、ペプチドの酵素消化が完全に行われずに、途中で止まってしまうことがあるため、アミノ末端修飾ペプチドが絞りきれないという欠点を持っている。
DITCグラス/アビジンカラム法は、アミノ末端が修飾された蛋白質を、アクロモバクタープロテアーゼIなどのリジン残基のカルボキシル基側を断片化するプロテアーゼで一旦消化し、さらに生成したペプチド断片のカルボキシ末端リジン残基を、カルボキシペプチダーゼBで消化し、得られたペプチド断片混合物をDITCグラスとアビジンカラムの2種類のカラムにかけることにより、アミノ基をもたないアミノ末端ブロックペプチドのみが、カラムに固定化されずに回収されることを利用した方法である。しかし、最終的にアミノ末端ブロックペプチドを得るまでのステップ数が多く、特に微量のアミノ末端が修飾された蛋白質を用いて操作を行った場合、回収率が非常に低いという欠点を有している。
CNBrビーズ法は、アミノ末端が修飾された蛋白質のリジン残基のε−アミノ基を、まず無水コハク酸を用いサクシニル化し、キモトリプシンなどの基質特異性の低いプロテアーゼで消化し、生成したペプチド断片混合物をCNBr活性化セファロースカラムにかけたとき、アミノ基をもたないアミノ末端ブロックペプチドのみが、CNBr活性化セファロースカラムに固定化されずに回収されることを利用した方法である。しかし、数種のアミノ末端フラグメント及びアミノ末端がPyr 化したものが回収されてしまうという欠点を有している。また、上記のいずれの方法もナノモル以上の試料が必要である等の共通の欠点がある。
概要
アミノ末端修飾ポリペプチドおよびそのアミノ末端部の同定方法、ならびにそれらに利用可能なアミノ末端修飾ペプチドの単離方法を提供する。
ポリペプチドのリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断することによって、得られるペプチド断片混合物を遊離のアミノ基と結合しうる固体と反応させ、遊離のアミノ基を有さない未結合のペプチド断片を回収することを含んでなる、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているペプチド断片を単離する方法;前記の方法により、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドのアミノ末端部を同定する方法。
アミノ末端修飾ペプチド断片を簡便に単離することができ、そのポリペプチドのアミノ末端部の構造解析、さらには、そのポリペプチド全体の構造解析を容易に行うことができる。
目的
従って、本発明は、上記の従来技術の欠点を克服した、アミノ末端修飾ポリペプチドの同定方法、アミノ末端修飾ポリペプチドのアミノ末端部の同定方法、およびそれらに利用可能なアミノ末端修飾ペプチド断片の単離方法を提供することを目的とする。
効果
実績
- 技術文献被引用数
- 2件
- 牽制数
- 1件
この技術が所属する分野
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請求項1
アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドにおけるリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断することによって前記ポリペプチドを断片化し、得られるペプチド断片混合物を遊離のアミノ基と結合しうる固体と反応させ、そして、遊離のアミノ基を有さない未結合のペプチド断片を回収することを含んでなる、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているペプチド断片を単離する方法。
請求項2
アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドが、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基がアシル化されているポリペプチドである、請求項1記載の方法。
請求項3
アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドにおけるリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合の特異的な切断をメタロエンドペプチダーゼにより行う、請求項1記載の方法。
請求項4
請求項5
請求項6
遊離のアミノ基と反応して結合を形成しうる官能基が、イミド基、イソ尿素、アルデヒド基、シアノ基、アセチル基、サクシニル基、マレイル基、アセトアセチル基、ジニトロフェニル基、トリニトリベンゼンスルホン酸基およびイソチオシアネート基から成る群より選択される、請求項5記載の方法。
請求項7
請求項8
アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドにおけるリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断することによって前記ポリペプチドを断片化し、得られるペプチド断片混合物を遊離のアミノ基と結合しうる固体と反応させ、遊離のアミノ基を有さない未結合のペプチド断片を回収し、そして、回収されたアミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているペプチド断片を同定することを含んでなる、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドのアミノ末端部を同定する方法。
請求項9
アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドにおけるリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断することによって前記ポリペプチドを断片化し、得られるペプチド断片混合物を遊離のアミノ基と結合しうる固体と反応させ、遊離のアミノ基を有さない未結合のペプチド断片を回収し、そして、回収されたアミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているペプチド断片および前記ポリペプチドの断片化により得られた残りのペプチド断片を同定することを含んでなる、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドを同定する方法。
技術分野
0001
本発明は、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基がアシル基等で修飾されているポリペプチドからそのアミノ末端ペプチドを単離する方法、ならびに該方法を利用して、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドおよびそのアミノ末端部を同定する方法に関する。
背景技術
0002
蛋白質は、酵素、ホルモン、受容体、生体の主要構成成分などとして生体内で様々な役割を演じている。蛋白質は、約20種のL−α−アミノ酸がペプチド結合により連結したポリペプチド鎖から成っており、これらのアミノ酸の配列順序を決定することは蛋白質の構造に関する重要な情報を与える。原理的には、ポリペプチド鎖の端から一つずつアミノ酸を遊離させて順次同定していけば、蛋白質の全アミノ酸配列が決定されるはずであるが、現実には、100残基以上のアミノ酸をこのような方法で同定することは不可能である。そのため、まず、蛋白質を数十残基以下のペプチドに断片化してから、それぞれのアミノ酸配列を決定している。
0003
蛋白質の断片化により生じたペプチドのアミノ酸配列を決定するための方法として最も一般的なのは、エドマン法である。この方法は、1950年にエドマンにより開発された、ペプチドのアミノ末端から逐次アミノ酸残基を同定していくアミノ酸配列決定法であり(P.Edman, Acta Chem. Scand.、4、283、1950)、現在に至るまでに種々の工夫がなされ、今や、この方法によるペプチドのアミノ末端アミノ酸配列の分析は、自動化されたシーケンサーを用いて、ピコモルのオーダーの極微量試料で可能となった(日本生化学会編:“新生化学実験講座、第1巻、II、東京化学同人、153〜218、1990)。
0004
しかし、蛋白質のアミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が何らかの置換基で修飾されている場合には、エドマン試薬と反応しないため、エドマン法によってアミノ酸配列を決定することができず、微量のアミノ末端修飾蛋白質のアミノ末端部のアミノ酸配列に関する情報を得ることは困難であった。
0005
現在、アミノ末端が修飾された蛋白質のアミノ末端部の分析法としては、陽イオン交換法(Titani,K.,Narita,K.,Okunuki,K.:J.Biochem、51、350-358、1962)、酵素法(日本生化学会編:“新生化学実験講座、第1巻、II、東京化学同人、198-206、1990)、DITCグラス/アビジンカラム法(光永研一・宮城大・石水毅・加藤郁之進・綱沢進:第44回蛋白質構造討論会要旨集、1993)、CNBrビーズ法(秋山知子、笹川立:蛋白質・核酸・酵素、39、80、1994)が用いられている。
0006
このうち、陽イオン交換法は、アミノ末端が修飾された蛋白質を、キモトリプシンなどの基質特異性の低いプロテアーゼで消化し、生成したペプチド断片混合物を陽イオン交換カラムにかけたとき、正の電荷をもたないアミノ末端ブロックペプチドのみが、陽イオン交換樹脂に吸着されずに回収されることを利用した方法であるが、アミノ末端修飾ペプチド内に塩基性アミノ酸が含まれている場合には、適用することができず、また、酸性アミノ酸が含まれている場合には、陽イオン交換カラムに完全に吸着せず、一部非吸着画分に溶出されてしまうという欠点がある。
0007
酵素法は、アミノ末端が修飾された蛋白質を断片化した後、ロイシンアミノペプチダーゼを作用させると、α−アミノ基を有するアミノ末端修飾ペプチド以外のペプチドは、アミノ末端から逐次的にアミノ酸を遊離するため、酵素処理前後で逆相クロマトグラム上の溶出位置が変化するが、アミノ末端が修飾されたペプチドはこの酵素により消化を受けないので、溶出位置が変化しないことを利用した方法である。しかし、この酵素は、X−Proの配列を切断しない等、ペプチドの酵素消化が完全に行われずに、途中で止まってしまうことがあるため、アミノ末端修飾ペプチドが絞りきれないという欠点を持っている。
0008
DITCグラス/アビジンカラム法は、アミノ末端が修飾された蛋白質を、アクロモバクタープロテアーゼIなどのリジン残基のカルボキシル基側を断片化するプロテアーゼで一旦消化し、さらに生成したペプチド断片のカルボキシ末端リジン残基を、カルボキシペプチダーゼBで消化し、得られたペプチド断片混合物をDITCグラスとアビジンカラムの2種類のカラムにかけることにより、アミノ基をもたないアミノ末端ブロックペプチドのみが、カラムに固定化されずに回収されることを利用した方法である。しかし、最終的にアミノ末端ブロックペプチドを得るまでのステップ数が多く、特に微量のアミノ末端が修飾された蛋白質を用いて操作を行った場合、回収率が非常に低いという欠点を有している。
0009
CNBrビーズ法は、アミノ末端が修飾された蛋白質のリジン残基のε−アミノ基を、まず無水コハク酸を用いサクシニル化し、キモトリプシンなどの基質特異性の低いプロテアーゼで消化し、生成したペプチド断片混合物をCNBr活性化セファロースカラムにかけたとき、アミノ基をもたないアミノ末端ブロックペプチドのみが、CNBr活性化セファロースカラムに固定化されずに回収されることを利用した方法である。しかし、数種のアミノ末端フラグメント及びアミノ末端がPyr 化したものが回収されてしまうという欠点を有している。また、上記のいずれの方法もナノモル以上の試料が必要である等の共通の欠点がある。
発明が解決しようとする課題
0010
従って、本発明は、上記の従来技術の欠点を克服した、アミノ末端修飾ポリペプチドの同定方法、アミノ末端修飾ポリペプチドのアミノ末端部の同定方法、およびそれらに利用可能なアミノ末端修飾ペプチド断片の単離方法を提供することを目的とする。
課題を解決するための手段
0011
上記目的を達成するため、本発明者らは、アミノ末端がアシル化されているポリペプチドにマイタケのメタロエンドペプチダーゼを作用させて、ポリペプチド中のリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断することによってポリペプチドを断片化し、得られたペプチド断片混合物をDITC−樹脂と反応させて遊離のアミノ基を有するペプチド断片をDITC−樹脂に結合させ、遊離のアミノ基を有さない未結合のペプチド断片を回収し、このペプチド断片を分析したところ、期待されたアミノ末端ペプチド断片であることを確認して、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドにおけるリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断することによって前記ポリペプチドを断片化し、得られるペプチド断片混合物を遊離のアミノ基と結合しうる固体と反応させ、そして、遊離のアミノ基を有さない未結合のペプチド断片を回収することを含んでなる、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているペプチド断片を単離する方法を提供する。また、本発明は、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドにおけるリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断することによって前記ポリペプチドを断片化し、得られるペプチド断片混合物を遊離のアミノ基と結合しうる固体と反応させ、遊離のアミノ基を有さない未結合のペプチド断片を回収し、そして、回収されたアミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているペプチド断片を同定することを含んでなる、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドのアミノ末端部を同定する方法を提供する。さらに、本発明は、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドにおけるリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断することによって前記ポリペプチドを断片化し、得られるペプチド断片混合物を遊離のアミノ基と結合しうる固体と反応させ、遊離のアミノ基を有さない未結合のペプチド断片を回収し、そして、回収されたアミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているペプチド断片および前記ポリペプチドの断片化により得られた残りのペプチド断片を同定することを含んでなる、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドを同定する方法を提供する。
0012
特定の理論に拘泥するわけではないが、本発明の方法は、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されたペプチド断片以外のペプチド断片は、そのアミノ末端アミノ酸のα−アミノ基及びリジン残基のε−アミノ基を介して、遊離のアミノ基と結合しうる固体と結合するのに対し、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されたペプチド断片は、分子内に遊離のアミノ基を有していないため、前記の固体と結合することが出来ず、反応溶液中に遊離することを利用するものである。
0013
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書中、「アミノ末端修飾ペプチド(断片)」とは、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているペプチド(断片)をいうものとする。
0014
まず、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドにおけるリジン残基のアミノ末端側のペプチド結合を特異的に切断して、前記ポリペプチドを断片化する。このような切断の方法は、いかなる化学的または酵素的分解法であってもよいが、最も有用な方法は、マイタケのメタロエンドペプチダーゼ(EC3.4.99.32、以下、Lys-Nと略す。)を作用させることである。本酵素は、X−Lys 結合(Xはアミノ酸残基を表わす。)の切断にきわめて特異的であり、非特異的な切断例は非常に少ない(橋本洋一:蛋白質・核酸・酵素 28:1220〜1225、1983)ので、本発明への適用において特に好適である。Lys-Nは熱安定性の高い酵素であるので、切断反応の条件に対する制約は少なく、pH3〜10、好ましくはpH9〜10、温度4〜60℃、好ましくは20〜45℃の反応条件下で、切断すべきポリペプチドに対し、1/20〜1/2000好ましくは1/200〜1/600のモル比で添加して、1〜50時間、好ましくは12〜18時間、緩衝液中で作用させればよい。緩衝液としては、生化学実験で汎用される種々の緩衝液が使用可能であるが、後続の操作へ及ぼす影響を考慮すると、遊離のアミノ基を有さない緩衝液が好ましく、ホウ酸ナトリウム緩衝液は好適である。断片化に用いる酵素としては、マイタケから精製されるメタロエンドペプチダーゼ(生化学工業社)の他に、ナラタケより精製されるメタロエンドペプチダーゼ等、リシンのアミノ末端を特異的に切断する酵素も用いることが出来る。これらの酵素による切断反応の条件は、上記のマイタケのメタロエンドペプチダーゼの場合に準じる。
0015
アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドとしては、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基がアセチル化、ホルミル化、ミリスチル化、ピルボイル化、α−ケトブチル化、グルクロニル化、α−アミノアシル化、ピログルタミル化、ムレイニル化などを含むアシル化、また、ジメチル化、トリメチル化などのアルキル化されているポリペプチドなどが挙げられる。このようなポリペプチドの例としては、アミノ末端のセリン残基のα−アミノ基がアセチル化しているウシ赤血球カーボニックアンヒドラーゼ、アミノ末端のメチオニン残基のα−アミノ基がアセチル化しているヒト水晶体α−クリスタリンA2鎖およびB2鎖、アミノ末端残基がピログルタミン酸であるヒト血清高密度リポ蛋白質A−II(HDL−apoA−II)などがある。
0016
次に、上記のようにしてポリペプチドを断片化して得られるペプチド断片混合物を遊離のアミノ基と結合しうる固体と反応させる。遊離のアミノ基と結合しうる固体としては、遊離のアミノ基と反応として結合を形成しうる官能基を表面に有する固体担体を挙げることができる。遊離のアミノ基と官能基との結合は、共有結合や塩結合など、本発明の目的を達成できる限りにおいて、いかなるものであってもよい。遊離のアミノ基と反応して結合を形成しうる官能基としては、イミド基、イソ尿素、アルデヒド基、シアノ基、アセチル基、サクシニル基、マレイル基、アセトアセチル基、ジニトロフェニル基、トリニトリベンゼンスルホン酸基、イソチオシアネート基等、数多く挙げることができるが、アミノ基のみと反応し、又、エドマン分解を行うことで、一旦、固体に固定化させたペプチド断片を回収することが可能であるイソチオシアネート基が本発明には好適である。イソチオシアネート基を表面に有する固体担体を用いれば、アミノ末端修飾ペプチド断片を取得後、その他のペプチド断片が固定化されている固体担体をトリフルオロ酢酸等で酸処理することにより、それらのペプチド断片を回収することをも可能となるのである。イソチオシアネート基等の官能基を有する固体担体の調整は、例えば、“Sequencing of proteins and peptides”G.Allen, P.208、1981、North-Holland Publishing Company、Amsterdam;New York・Oxford”に記載の方法に準じて行うことができる。固体担体としては多孔性ガラス、シリカゲル、ポリスチレン樹脂等が挙げられる。細孔径の揃った多孔性ガラスは、反応が制御しやすく、又、親水性であることから特に好ましいが、疎水性担体であるポリスチレンの場合も、イソチオシアネート基にさらに、グルコサミノール基を導入するなどして親水性を高め(岩永ら:蛋白質・核酸・酵素15、 1052、1970)、使いやすくすることも出来る。遊離のアミノ基と結合しうる固体とペプチド断片混合物とのカップリング反応は、pH7〜12、好ましくは9〜11、更に好ましくは9.5〜10.5、温度4〜80℃、好ましくは10〜60℃で、5分〜3時間行うが、この際、反応液を窒素もしくはアルゴンで置換して、酸素を除いておくことが好ましい。遊離のアミノ基を有さないアミノ末端修飾ペプチド断片は上記の固体と結合しないので、カップリング反応終了後、精製水などの適切な溶媒で固体を洗浄し、固体を除去することにより、所望のアミノ末端修飾ペプチド断片のみを液相中に分取することができる。
0017
かくして単離されたアミノ末端修飾ペプチド断片は、常法にしたがい、アミノ酸組成分析、質量分析を行うことや、修飾基がアシル基である場合には、アミノ末端アシル化アミノ酸残基をアシルアミノ酸遊離酵素で消化後、エドマン反応等で分析することによりアミノ酸配列を決定できる。アシルアミノ酸遊離酵素としては、N−α−アセチル基をアミノ末端アミノ酸とともに脱離させるアセチルアミノ酸遊離酵素(EC.3.1.19.1)を挙げることができる。
0018
さらに、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドの断片化により得られた、アミノ末端修飾ペプチド断片以外のペプチド断片を常法により回収および同定すれば、前記ポリペプチドの全アミノ酸配列を決定することができる。
発明を実施するための最良の形態
0019
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものでない。
0020
〔実施例1〕ヒトアセチルβエンドルフィン(フナコシ)50ピコモルを、20ミリモル濃度のホウ酸ナトリウム緩衝液(pH9.0)50μl程度に溶解し、1ピコモルのLys-N(生化学工業)を添加して、37℃で15時間反応させた。反応終了後、2モル濃度のグアニジンを含む20ミリモル濃度のホウ酸緩衝液(pH11.0)を等量添加して、反応溶液中のグアニジンが1モル濃度、pHが約10になるように調整した。これに10mgのDITC−樹脂(ポリスチレン系樹脂にフェニレンジイソチオシアネートを結合させたもの、島津社製)を添加し、反応系をアルゴン置換して、50℃で1時間、カップリング反応を行なった。反応終了後、反応液に残ったアミノ末端修飾ペプチド断片を逆相高速液体クロマトグラフィーにより分析した。2.0mmφ×150mmの和光純薬工業社Wakosil-II 5C18 ARカラムを使用し、0.1%トリフルオロ酢酸を含むアセトニトリル−イソプロパノール(3:7、v/v)水溶液を溶離液として、アセトニトリル−イソプロパノール(3:7、v/v)1%から50%への直線濃度勾配溶出を0.25ml/min の流速で行った。得られたクロマトグラムは図1の(B)に示すとおりであり、ピークa を質量分析及びアミノ酸組成分析(Accq・Tag法)で分析した結果(表1)、このピークが期待されたアミノ末端ペプチド断片であることが確認された。図1の(A) は、Lys-N消化後のペプチド断片混合液のクロマトグラムである。図1中のスケールは、紫外吸収の吸光単位を示す。
0021
0022
〔実施例2〕ウシ赤血球カーボニックアンヒドラーゼ(シグマ)50ピコモルを、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分画後、ポリビニルジフロリド膜(パーキンエルマー)へエレクトロブロティング法により転写した。その後、岩松の既法(生化学、63、2、139-143、1991)に従い、膜処理を行った。以後、実施例1と同様にしてLys-N消化を行い、アミノ末端修飾ペプチド断片を分取した。分取ペプチド断片の分析も実施例1と同様にして行った。得られたクロマトグラムは、図2の(B)に示すとおりであり、ピークa を質量分析及びアミノ酸組成分析(Accq・Tag法)で分析した結果(表2)、このピークが期待されたアミノ末端ペプチド断片であることが確認された。図2の(A) は、Lys-N 消化後のペプチド断片混合液のクロマトグラムである。
0023
発明の効果
0024
本発明によれば、アミノ末端アミノ酸残基のα−アミノ基が修飾されているポリペプチドからそのアミノ末端修飾ペプチド断片を簡便に単離することができ、そのポリペプチドのアミノ末端部の構造解析、さらには、そのポリペプチド全体の構造解析を容易に行うことができる。
0025
本発明の方法により、アミノ末端が修飾されていない蛋白質のアミノ酸配列分析と同程度の極微量(ピコモルのオーダー)のアミノ末端修飾蛋白質試料から、多くの確実なアミノ酸配列情報を得ることができる。
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