定年後にシリコンバレーで起業しApple社へエグジット「根源的要求へ対峙し、新しい価値を提供」

イノベーションとの出会い

第一の出会い:浜松ホトニクスの創業者 晝馬輝夫さん

第一の出会いは、浜松ホトニクスの創業者 晝馬輝夫さんとの出会いです。1958年、私が静岡大学工学部のときに、地元の企業であった浜松ホトニクスを見学に行く機会がありました。同社は、創業間もないにも関わらず、社員7人のうち5人が博士という変わった構成で、ホトマル光倍増管と呼ばれる高感度の光検出器の開発をされていました。

ホトマル光倍増管は、アメリカのRCA社が1930年代後半に発明し、当時の世界市場を席捲していました。

一方で、浜松ホトニクスは、クリーンルームがない時代に、民家を借りて研究室にし、博士が廊下を雑巾かけしているのです。それでありながら、晝馬さんに話を聞くと、何食わぬ顔をして「RCAよりちーとばかりいいものを作ろうと思ってな」とおっしゃる。僭越ながら、「このひと正気か?」と思いましたね(笑)。

それが今では、世界に誇る商品に育ち、カミオカンデでニュートリノを観測する際にも用いられ、小柴昌俊博士のノーベル物理学賞受賞にも寄与していることは広く知られることです。

晝馬さんが掲げる大胆なビジョンは、イノベーションを志す上で、強烈に印象に残りました。そして、私が新日鐵時代に開発した太陽黒点の気球観測機を、浜松ホトニクスで商品化してもらうなど、晝馬さんとは関係が続きました。

第二の出会い:日本電子での新規な電子顕微鏡開発

第二の出会いは、日本電子での新規な電子顕微鏡の開発経験です。卒業後、日本電子に就職しました。日本電子は、戦後間もない1949年5月に千葉県茂原市で電子顕微鏡の開発会社として発足した凄いベンチャー企業(当時)で、私は、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎博士のお弟子さんのもとで研究開発をしました。

電子顕微鏡は、光の代わりに電子線を照射することにより、光学顕微鏡よりも微細な対象を観察できる代物ですが、開発の難易度は高く、当時の世界市場は、Philips、RCA、および日立製作所が独占していました。

日本電子は、大胆不敵にもこの市場に挑戦したわけですが、開発資金が全然足りません。そこで、茂原の特産物であったヨードを用いて、醤油もどきの調味料を製造販売し、開発資金を調達しました(笑)。そして、先行大手3社を出し抜き、新規な電子顕微鏡の開発・事業化に成功しました。

成功要因は、 ”What's your pain ?” つまり、「誰が何に困っているか」を突き詰めたことにあります。当時の先行大手3社は高分解能性能について熾烈な比較競争をしていました。これに対して、後発の日本電子は、ユーザを徹底的に調べたのです。そこで、一般的なユーザと思われていた物理学者でななく、お医者さんに注目しました。お医者さんは、病原菌などの研究のために、「細胞を生きているまま観察したい」という要望があるのですが、従来の電子顕微鏡では、細胞が超高温に晒されて死滅してしまうのです。そこで、電子顕微鏡に冷却装置を付加しました。これは分解能を犠牲にしてしまうのですが、新しいユーザーに新しい価値を提供することができました。このような経験が、イノベーションのスピリッツを開花したのだと思います。

オープン・イノベーションの取組み

曽我弘

八幡製鐵所での新規な製鉄プロセスの開発

「鉄の原料である鉄鉱石が、間もなくすると地球上からなくなる」と言われた時代がありました。当時の通産省が日本中のトップ研究者を八幡製鐵所(現 新日本製鐵)に集め、 産官学の共同プロジェクトで、低品位原料の粉鉱を想定した新規な製鉄プロセスの開発に挑みました。私は、そこで製鉄プロセスの自動制御の開発に従事しましたが、その途中に、地球探査衛星が打上げられ、鉄鉱石が数百年分存在することが判明したため、プロジェクトは敢え無く解散しました。

シリコンバレーへのチャレンジ:ベンチャー創業からApple社へのエグジットまで

その後、色々な研究開発を経て、1991年にシリコンバレーに移住し、新日鐵の100%子会社で画像圧縮技術開発を行うEidesign 社の経営に携わりました。 ところが、 Eidesign 社は親会社の都合により、エクシング社に売却されたので、私はそこでDVD に関連するエンコーダー装置を販売することになりました。

1995年はDVD元年といわれる年でした。エンコーダーの顧客は主に、ビデオ・オン・デマンドに関わる大手家電メーカーと、中堅のDVDスタジオでした。私は、DVDスタジオからのクレームに対応するうちに、DVDのオーサリングシステムを着想したので、エクシング社の経営陣に事業を提案しました。しかし、認められませんでしたので、個人で事業化することを会社に了解してもらい、1996年にSpruce社を創業しました。

Spruce社では、まず150万ドルのシードマネーを調達し、チームビルディングから始めました。信頼できるマネージャーを採用した後、現地弁護士の紹介で優秀な副社長を採用し、更にその伝手で有能なCTOをハントしました。採用時に訴求したのは、待遇面だけではなく、キャリアパスや指導者の魅力です。

そして、米国の大手DVDスタジオTime Warner社に行き、ユーザーのニーズを徹底的にヒアリングさせてもらいました。そこで判明したのは、DVD規格の一部に対応した機能は不要である一方、システムの安定性と操作性の2点は必須であるということです。これが、ユーザーの思い通りに安心して作品の編集に集中できるオーサリングシステム「DVD Maestro」のコンセプトに繋がりました。

ところが、開発したβ版をTime Warner社に評価してもらったところ、残念ながら採用に至りませんでした。一方で、DVD事業に遅れて参入してきた巨人Disney社が、当社の評判を聞きつけ、コンタクトしてきたのです。幸運にもDisney社はSpruce 社にとって最初で最大の顧客になりました。

この勢いにのり、 Spruce社は、コンシューマー用の新商品「SpruceUp」を開発しました。そして、IPOを目指し1500万ドルの資金調達を計画し、日本の大手企業と約10ヶ月に及ぶ交渉の末、500万ドルの投資契約のサイン直前までこぎつけました。しかし、 「SpruceUp」の発表の翌日、競合から知財に関して起訴されてしまい、6ヶ月間ロスしました。その結果、資金がショートしてしまい、会社の売却を決定することになりました。この時、皆が「曽我さんが走り続ける限り頑張るよ」と言ってくれたので、最後まで戦う気力が得られました。

信頼筋を通じて買い手を探索すると、米国企業のAdobe社、Microsoft社、そしてApple社から続々とコンタクトがありました。訴訟に慣れた3社は、「この訴訟は、競合の威嚇にすぎず、打つ手はいくらでもある」と一蹴し、前向きなオファーを提示してくれました。

結果的には、 Apple社のCEO:故スティーブ・ジョブズと差しで交渉することになり、わずか3日で決着しました。このときApple社がSpruce社を買収するにあたり、スティーブが提示した条件が2つありました;

第一に、DVD Maestroを開発したメンバーが全員Appleに移籍すること。

第二に、重要な知的財産が、Spruce社に全て帰属しており、他社と共有されていないこと。

幸いにもSpruce社は両条件を満たしていたので、交渉はスムーズに進みました。Spruce社の技術はエンジニアと共にAppleへ引き継がれ、今でも活躍していると聞いています。

KAPIONパートナーズ:日本の起業環境を改善するためのマイクロエコシステム構築へ

その後、帰国して色々な方とお話すると、日本のベンチャー環境が、シリコンバレーに比べて貧弱であり、皆が同じようなところで躓いているんですね。 そこで、中小企業基盤整備機構のインキュベーターであった能登左知さんと共同で、

穴埋め形式の起業用テキストを作ることにしました。ところが、出版社に持ち込むと「こんなスカスカじゃ売れない」と(笑)。そういうことで、グラフィックデザイン専門の能登さんが図解し、私が逐一解説をして、「シリコンバレー流起業入門(同友館)」が完成しました。そこには、投資家からの想定問答集もあり、例えば「ビジネスモデルと特許の関係」や、「エグジットまでの全体の資金調達計画」について問われた際の回答ポイントを具体的に指摘してあります。これは、慶応大学のグローバル人材養成講座で教科書に採用されています。また、会社を辞めることを推奨するようなので、大企業には売り込まなかったのですが、意外と使われているようです。おかげ様で増版も決まりました。

この延長で、弁護士や弁理士などのスタートアップを支援するマイクロエコシステムを構築するために KAPIONを創業しました。去年は赤字だったのですが、今年は日本マイクロソフトさんと、あずさ監査法人さんにもサポートいただいています。これが日本の起業環境を少しでも改善できればいいですね。

astamuse.com のユーザーへメッセージ

研究開発の方へ

自分の発明が、誰のどういう深刻な問題を解決できるのか、使い方まで含めてよく考えてください。ニーズを自分の目で確かめると、当初の想定と違うことはよくあることです。しかしそれを恐れてはなりません。

起業を検討中の方へ

当たり前のようですが、安易な資金調達に頼らず、バランスのとれたチーム編成で、リーガルにきれいな会社を作ることをおすすめします。さもなくば、追加資金が集まらず、エグジットまでもたないリスクが高まります。

投資家の方へ

日本のシードアクセラレータは入り口だけのイベント屋になっていませんか。その後の、1億、5億の調達に向けて、事業の本質を磨くための知恵が求められています。

かくいう私も、昔取った杵柄だけに頼らず、2つの新規プロジェクトを開始しました。これは、日米間のオープン・イノベーションを体現するもので、来年にはお披露目できると思います。起業教育と実践を両立していく挑戦は始まったばかりです。

(インタビュー 2013/09/26)

プロフィール

曽我弘

Hiromu Soga 曽我弘
  • KAPIONパートナーズ 共同代表
  • 1935年生まれ、静岡大学工学部を卒業し、日本電子(株)を経て
  • 1958 新日鐵に入社。計測関係の研究に長く携わる
  • 1986 エレクトロニクス情報通信事業部に所属
  • 1991 新日鉄退社後、シリコンバレーに移住。画像圧縮技術開発のベンチャー企業Eidesign Technologies, Inc. を設立、経営
  • 1996 Spruce Technologies, Inc.を設立。DVDオーサリングシステムを開発・商品化し、最終的に、同社をApple Computerへ売却
  • 2008 Vision Booster,LLC.を設立し、バイオ関連ビジネスや、日米のスタートアップ企業のメンターとして支援活動を行う。
  • 2010 帰国後、スタートアップ企業との日米間のオープンイノベーションを目指し活動開始
  • 2012 KAPIONパートナーズを共同創業し、起業の土壌であるマイクロエコシステムを構築中。東京21cクラブメンバー

オープンイノベーションの事例

DVDのオーサリングシステム

Spruce社では、DVDの黎明期にDVDスタジオからのニーズに徹底的に向き合った結果、新規なオーサリングシステムを完成するに至りました。これが米国大手の課題を先取りしていたので、最終的なエグジットに至りました。

また、KAPIONドリームガーデンを通じて開発されたサービスやソフトウェアを、日本マイクロソフトのビジネスパートナーとマッチングすることで、事業化を支援します。

関連する法人

  • Time Warner Inc.
  • The Walt Disney Company
  • Apple Inc.

起業のマイクロエコシステム

KAPIONドリームガーデンを通じて開発されたサービスやソフトウェアは、日本マイクロソフトのビジネスパートナーとマッチングされ、事業化が支援されます。

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関連する法人

新たな挑戦

最近始めた大規模プロジェクトで、日米間のオープン・イノベーションを体現することになります。来年にはお披露目できると思いますのでご期待ください。

Top Innovatorsトップイノベーターへのインタビュー