世界的なバイオ事業のインキュベーションを実践 「知財は人が肝。グローバルチームで世界制覇を」

イノベーションとの出会い

ライフサイエンスの先端に触れる

「理系はユースフル」という安直な考えで、工業化学を専攻しました。ところがなかなか興味がわきません(笑)。その折、幸運にもバイオテクノロジーの波がきました。大学4年のときに細胞生物学という新しいテクノロジーを学び、生命の謎に興味をもちました。また、世界のトップを走る先生方と共同研究をする機会に恵まれ、先端に触れることができました。

ところが、卒業時は、男女雇用機会平等法の改正前であったため、多くの企業研究所では「男子1000人」などという募集をしていました。そのような状況で女性を技術者として雇ってくれるのは極少数でしたが、そのうちの1社が雪印乳業でした。私は生物科学研究所に配属され、エリスロポリチンというホルモンの一種について研究をしました。

いざ米国へ

ところが、米国のアムジェンというバイオベンチャーが、世界に先駆けてエリスロポエチンをクローニングしました。この時、バイオの先端研究はほとんど米国発だということを痛感しました。同時に、やはり米国はすごいなぁと思いました。

当時は、社内でも留学した日本人研究者を積極的に招聘していたので、インターナショナルなカルチャーが醸成されていました。しかし、私は、なんでも自分でやりたい気持ちが強かったので、カリフォルニア大学デービス校に飛び込み、リサーチアシスタント等を経験しました。 その後、現地の大手企業はビザの関係上、外国人を雇わないと聞いていたので、ベイエリアにあるバイオベンチャーのリストをつくり、片っ端から手紙を出しました。晴れて1990年、シリコンバレーにあるNeurex社に採用されました。

オープン・イノベーションの取組み

バイオベンチャーNeurex社での経験

Neurex社では、マイノリティーの一人でも、スタンフォード大学との共同研究の機会をいただきました。女性だとか日本人だとかは関係ないんです。これが、思いのほかうまくいって米国大手製薬会社との提携が決まりました。そこで、企業と大学との共同研究のやり方を経験し、オープン・イノベーションを実際に体験することができました。当時は、インターネットが実用化される前で「オープン・イノベーション」という言葉こそありませんでしたが、コンセプトとしては産・学の間で普通に行われていました。ただし、ライフサイエンス系は知財の取り扱いが慎重なので、他分野に比べてクローズドだったかもしれません。

また、開発した鎮痛剤が、薬品として商業化されました。その過程の第三臨床試験では、患者さんと直接触れることでQOLを痛切に実感しました。その後、IPOを含むすべての面を経験しました。最終的にNeurexは当時の薬品が臨床フェーズ3相の認可がでるとElan Pharmaceuticalに買収されました。

バイオベンチャーLynx Therapeutics社での経験

その後、前のボスが誘ってくれたベンチャーLynx Therapeutics社に移籍しました。 Lynxの創業者はABIの創立者とSir Sydney Brenner( 2002年にノーベル賞受賞)でした。そこでもJohns Hopkins大学との共同研究や、PE-ABI社(現Celera社)、ABI社との共同研究の担当になりました。この研究の中から興味深い遺伝子群が見つかり、ドイツの化学メーカーとジョイントベンチャーを設立することになりました。同社は、後にIlluminaが買収し、Illumina は現在バイオツールで最大の企業に成長しています。

世界最強のバイオベンチャー Genentech創業者との協業

その後、またまたボスが「会社を作りたいから来ないか」と提案してきました(笑)。そのボスが、世界最強のバイオベンチャー Genentechを創業した故Robert Swanson氏に投資を依頼したところ、「おもしろい」といって社長を快諾してくれました。私はビジネスディベロップメントのディレクターになり、 Swanson氏じきじきの指導を受けることができました。

ところが残念なことにSwanson氏が脳腫瘍になり、9ヶ月の余命を宣告されてしまいました。その間に教えてもらったことは、良いことも悪いことも含めて全てが今に通じます。

創業へ

今はGallasus, Inc.として独立し、未来のビジネスを開発するシリコンバレーを拠点に、日米企業へメディカルテクノロジー、ライフサイエンス、ヘルスケアビジネスのグローバル化に関わるソリューションを提供しています。

Gallasus, Inc.

astamuse.com のユーザーへメッセージ

大切なこと: ファンダメンタルに重要なことを見極める

時代の流れに応じて、市場のブームが入れ替わり、それぞれの産業内での要件も変化しています。みんながいいな、と思っているピカピカのものは、もうそれだけなんですね。もっとファンダメンタルに重要なことを見極める必要があるのではないでしょうか。それはモノではなく、情報だったり言語化されていない体験だったりします。自分の中に何かしらのエッセンスが入ってきたときというのは、丁度自分がそれを考えるべきタイミングであることもありますが、目的に沿った形で整理されているとは限らないので、キャッチする準備が大切です。

大切なこと: 知財

みなさんご存知だと思いますが、ヘルスケアは世界的な成長市場のひとつです。もちろん、日本は超高齢化社会なのでポテンシャルはありますが、市場の半分は米国です。米国を見ていて、この5年で変わってきたことがあります。一般的に米国企業は、自社の分野でフォーカスすることがよしとされていますが、異分野からヘルスケアへの進出が加速しているのです。

こういう状況を見て日本の異分野の企業さんが、米国のヘルスケア市場参入を検討されるのですが、未だに米国での知財確保に苦労されるケースが散見されます。また、日本のバイオベンチャーは、米国の製薬会社へエグジットを求めますが、大学と共同研究をしているだけで知財をアセット化していないと相手にされません。ヘルスケアでは知財が命であり、知財を固めていないと勝負にならないのです。

大切なこと: ビジネスイノベーション

よく言われることですが、テクノロジーが最先端であるからといって売れるとは限りません。大切なのは技術のイノベーションで満足せず、ビジネスのイノベーションに繋げることです。そのため、現地のカスタマーニーズを徹底調査してオポチュニティ(機会)に気づくだけでなく、技術のイノベーションがユーザーに受け入れられるよう積極的に企画して、オポチュニティを捉えにいくことも大切です。

例えば、Genentech社が開発した、世界初の乳がん抗体治療薬「 Herceptin 」は、今でこそ全世界で64億ドル(2012年)を売上るブロックバスターですが、上市当時(1998年)の企画は見事でした。一般的に、抗体医薬は、従来の薬に比べて効果が高いぶん値段も高価です。そのため、当時の世界中の大手製薬メーカーは採算が合うか半信半疑でビジネスに踏み切れませんでした。これに対して、Genentech社は、対象とする患者さんをセレクションする診断薬とセットで、パーソナルメディソンを提供することにしたのです。パーソナルメディソンはどの大手企業も将来はいつか考えなければいけない課題という認識はあったものの、患者を選択するためカスタマーを狭めてしまう、つまり売り上げ減なのでは、とリスクばかり気にしていました。しかし、Genentechはそれでも勝ち目はあると踏んだわけです。事実、患者さんをスクリーニングする分、その中での有効性が相対的に高まるので、FDAは通常以上に早く承認し、 「 Herceptin 」は売上のフォーキャストを大幅に上回りました。他社はあわてて追随し、昨今のコンパニオン診断薬のブームに繋がるわけですが、それに先んじて仕掛けることができるかどうかが鍵を握ります。

皆様にぜひ理解していただきたいのは、自社内で黙々と技術開発をした後に、アプリケーションを検討するのは、順序が逆だということです。まずは、アプリケーションまで見据えたコアな知財を確保し、ビジネス戦略を企画したら、必要な技術は内外から調達することも大切です。世界中の研究者が前提となれば、お手元の企画はがらっと変わりませんか?

大切なこと: 人

生前のSwanson氏に「ベンチャーに必要なことを3つ言ってごらん」と聞かれたことがあります。「お金、技術・知財、人」と答えると、彼は「第一に人、第二に人、第三に人」だというのです。「人が知財を生んで、その知財がうまくビジネスとして成立するか否かは人が決める。あとは適材適所だ」というわけです。

かくいう私も、日本から遠く離れた米国で、人に恵まれてここまで来ることができました。米国はもともとユナイテッドであり、外人比率が非常に高いので、基本的には懐の深いオープンな国です。

ところが、日本の方をシリコンバレーの視察にお連れすると、フレンドリーな人々を見て安心し、「これなら勝てる」という安易な対米発想になりがちです。残念でなりません。

本当に闘うべき相手が誰なのかを見失っていないでしょうか?ことヘルスケア分野では人類対病気なのですから、「オールジャパンで対米国」なんていうつまらないことを言わず、国境を超えた人々とグローバルなチームを編成し、世界制覇を目指してほしいと思います。

(インタビュー 2013/10/04)

プロフィール

バイオ企業の世界への架け橋

橋本千香

Chika Hashimoto 橋本千香
  • Gallasus, Inc. President
  • 専門分野
    マネージメント、ストラティジィ、ライフサイエンス、メディカルテクノロジー、ベンチャー企業経営
  • 経歴
    AGYセラピューティクス 前ファンディングメンバー&ディレクター、リンクス社(イルミナ社に買収)、ニューレックス社(エランファーマに買収)
  • アメリカシリコンバレーのタートアップ企業3社にてプロジェクトマネージメント、R&D,企業経営、創業経験;大手欧米企業、アカデミアとのコラボレーションマネージメントを担当。

オープンイノベーションの事例

Neurex社

Neurex社では、マイノリティーの一人でも、スタンフォード大学との共同研究の機会をいただきました。同成果により、米国大手製薬会社Warner-Lambert社(現Pfizer社)との提携が決まりました。Neurexは当時の薬品が臨床フェーズ3相の認可がでるとElan Pharmaceuticalに買収されました。

Lynx Therapeutics社

Lynxは、ABIの創立者とSir Sydney Brenner(2002年にノーベル賞受賞)によって創業されたバイオツール企業です。そこでもJohns Hopkins大学との共同研究や、PE-ABI社(現Celera社)、ABI社との共同研究の担当になりました。この研究の中から興味深い遺伝子群が見つかり、ドイツの化学メーカーとジョイントベンチャーを設立することになりました。同社は、後にIlluminaが買収し、Illumina は現在バイオツールで最大の企業に成長しています。

AGY Therapeutics Inc.

1998年、故Robert Swanson氏(Genentech社創立者)CEOのもとに、AGY Therapeutics社設立に参加。事業開発ディレクターとしてベンチャー会社育成に携わる。

Top Innovatorsトップイノベーターへのインタビュー